2009年 2月 8日 (日)

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉202 八重嶋勲 祖母いよいよ危篤、本日中に落命か

     
  紫波町大巻屋号畑中、作山道幸氏宅  
 
紫波町大巻屋号畑中、作山道幸氏宅
 
  ■268巻紙 明治41年4月24日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一、               日松館発 彦部村

前畧一昨廿二日発ノ手紙今廿四日午前十時到着被見致候処病気全快之由先以テ大慶ニ候、

祖母モ愈々亡命迫リ昨夜迄数言一答アリシモ今朝ハ早言語発セス、食事モ一切不出来、水ト酒一口位咽喉ニ通リ居候得共全身死人同様、全身床傷ナレ共感セサル様ナリ、多分本日中ニ致命スルナラン、遺憾ノ事折角待ツタル長孫ト畑中ノ長女(カ子)ニ逢セザルコトナリ、乍併事業ヲ遂ケ目的ナシ(ス)モノハ親戚中顔揃ヘシテ死別スルハ到底不出来事故不止得事ニ候、

明日頃畑中ノ一行ニ面會可致ニ付其際一通話シ、必(ラ)ス伯母ニ念頭ニ不置シテ寛ニ見物スル様傅言スベシ、法事式迄ニ帰郷スレバ可ナリ、

本日ヨリ役場ヲ欠席シテ母ノ下ニ看病致居候、

玉子(卵)近日中送ルコトニ可致候、然シ不経済ニアラサルカ当地ニテ一個金壱銭五厘ナリ、六十個ニテ九十銭、之レニ運賃四十八銭合算一円三十八銭一個ニ対ス(シ)弐銭三厘、東京ニ於テ弐銭三厘以内ナラサルカ講究スベシ、

右祖母危篤通知旁々、早々

   四月廿四日        野村
    野村長一殿
 
  【解説】「前略、一昨22日発の手紙が、今日24日午前10時に到着して見たが、病気全快ということで、先ずもって大慶である。

  祖母もいよいよ危篤になり、昨夜までは数言一答あったが、今朝はもう話をせず、食事も一切できない。水と酒一口位を咽喉(のど)を通していたが、全身死人同様であり、全身床擦(ず)れがあるが、痛さを感じないようである。多分本日中に落命するであろう。遺憾なことは、折角祖母が待っていた夏休みで帰省する長孫(長一)と屋号畑中に嫁いでいる長女(作山カ子、今上京中)に会わせられないことである。

  しかしながら、親戚中、事業を遂げようとするもの、目的を為そうとするものなどが、全員顔をそろえて祖母の死に立ち会うことは到底できざることでやむを得ないことである。

  明日頃畑中の一行に面会するだろうが、その際一通り話をし、必ず伯母(作山カ子)に、母の危篤を念頭におかないで、ゆっくり見物するよう伝言すべし。法事の式までに帰ればよい。

  本日から役場を欠席して母の看病をしている。

  卵を近日中に送ることにしよう。しかし不経済ではないか。当地で1個1銭5厘である。60個で90銭、これに運賃48銭、合計1円38銭、1個2銭3厘、東京で2銭3厘以内ではないのか。調べてみる必要がある。

  右祖母危篤通知旁々、早々」という内容。

  屋号畑中作山吉太郎妻カネは屋号長沢尻野村家から嫁いでいる。長一の伯母(父長四郎の妹)である。母が危篤状態となったとき、折悪しくも上京中であり。しかも、祖母が帰りを待ち望んでいる長孫長一と東京で会っているのである。

(県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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