2009年 2月 11日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉111 伊藤幸子 「雪女郎」

 雪女郎おそろし父の恋恐
  ろし

中村草田男
 
  何度読んでも考えさせられる句。私の尊敬する作家は、この句をご自分の大学の学生たちに、虫くい形式で答えさせたといわれる。「雪女郎おそろし□の恋恐ろし」の、空白部分を埋める問題。いきなり問われたら、はたして「父」と答えられるだろうか。作者はどんな思いで父の恋を詠んだのだろうか。

  実はそんなことを考えたのは、ある一冊の本を読んでのことだった。先月、県民会館でNHKの「週刊ブックレビュー」の公開録画が行われ、参加した。児玉清さんの司会、書評ゲストに玉岡かおる、なぎら健壱、揚逸(ヤンイー)さん、特集ゲスト高橋克彦さんという豪華メンバーで、文士劇でおなじみの利根川真也さんが総合司会だった。

  たっぷりと本の話で盛り上がり、各人一冊のおすすめコーナーに移った。そこで、玉岡かおるさんが手にとられたのが、宮尾登美子著「錦」。厚さ3センチもある美装本である。私は玉岡さんの「お家さん」を読んで以来あこがれていたので、その日のうちに買い求め読み始めた。

  現代に続く美術織物「龍村」をモデルに、実におもしろい物語。主人公は京都老舗の「菱村の帯一本で家一軒建つ」といわれた職人芸で、法隆寺の「御戸帳(おとちょう)」を完成させ、請われて正倉院宝物(ほうもつ)の修復も請け合う菱村吉蔵。

  「おそろしやのぞいて通る淵のいろ」詠み人知らずのこの句は、終生吉蔵のそばに仕えるお仙の、一途な双眸(そうぼう)にたじろぐ男の心象をとらえて意味深い。明治の世、格式のつりあう良家の妻を迎え、事業躍進するうちに東京にも密かなもう一つの巣を作ってしまう。

  どんなに輝いていても、落陽の時は訪れる。吉蔵は、本妻には群鶴(むらづる)を織りあげた帯を、東京の愛人には纐纈織(こうけちおり)の一本を贈り、いちばん世話をかけたお仙には何も与えず逝ってしまう。宮尾文学の泣かせどころである。このお仙は、宮尾作品の「蔵」の、やはり旦那さまを恋いつつ添われなかった「佐穂」の役どころとよく似ている。ひしひしと、やっぱり恐い雪女郎。二晩で読み終えて、したたかに「錦」の手応えをかみしめている。

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