2009年 2月 12日 (木)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉126 望月善次 女性の髪、自身の髪

 【啄木の短歌】

  よきものの数にかぞへき新しき衣も髪
  濃き人妻の目も

      〔『明治四十一年作歌ノート」〕

  〔現代語訳〕良いものの数に数えたのです。新しき衣服も髪の濃い人妻の目も
 
  【賢治の短歌】

  白きそらは一すぢごとにわが髪を
  引くこゝちにてせまり来りぬ。

         〔「歌稿〔B〕」26〕

  〔現代語訳〕白い空は一筋ごとに私の髪を引くような様子で迫って来たのです。
 
  〔評釈〕「髪」が女性の特徴を表すものとなったのはいつごろのことであろうか。啄木には大きな影響を受けた歌集『みだれ髪』(与謝野晶子)があったのだが、意外なことに『一握の砂』や『悲しき玩具』の歌集中には「髪」の用例がない。「禁じ手」のように働いたのであろうか。抽出歌としては、その女性にかかわる作品を引いた。もちろん、例えば、抽出歌と同時期の作品にも「黒髪ぞ日にけに落ちぬいかがせむ死なむばかりに病みしならねど」(ああ黒髪が日増しに落ちてしまいました。どうしたらよいものでしょうか。死ぬほどの病気をしたというわけでもないですのに。)もあるから、啄木の作品が常に女性の「髪」を対象としているわけではないことは断っておきたい。というより、賢治の方に「女性の髪」がないことを指摘したいのである。抽出歌は、賢治のもののとらえ方およびそれに由来する比喩(ゆ)歌(結合比喩)の典型歌であるが、ここでは別の角度からの物言いをした。

  (盛岡大学長)

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