2009年 2月 15日 (日)

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉203 八重嶋勲 「祖母、昨25日死す」

 ■269電報 明治41年4月26日付

宛 イイダマチ ニシヨウカン 
発 リクチウヒヅメ局
ソボ サク二五ヒスシ
 
  【解説】「祖母 昨25日死す」という内容。
  危篤状態であった父長四郎の母ミヨ(父四郎兵衛の妻)、長一の祖母が昨日25日に死亡したという。電文の末尾「シス」といったん書き「スシ」と訂正している。
 
  ■270巻紙 明治41年4月27日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一、
                日松館
発 岩手縣紫波郡彦部村前畧昨廿六日電前畧昨廿六日電報ニテ通知候筈祖母去ル廿五日午前六時三十分死亡致候、農繁ノ為メ近所親類ノ勧告モアリ同日午后四時埋葬相営ミ候、法事ハ来ル廿九日ト定メ夫々準備中ニ候、
會葬者七十余人、僧四人当地方ノ盛葬ニテアリシ、法事ハ三十人豫稼定ニテ一人分菓子五十銭約三十円ノ費用豫定ナリ、右報知迄、早々
   四月廿七日      野村長四郎
    野村長一殿
 
  【解説】「前略、昨26日電報で知らせたが、祖母がさる25日午前6時30分死亡した。農繁期のため近所親類の勧めもあり、同日午後4時埋葬をした。法事は来る29日と決めそれぞれ準備中である。

  会葬者七十余人、僧4人当地方の盛葬であった。法事は30人。予定で1人分菓子50銭、約30円の費用予定である。右報知まで、早々」という内容。

  旧暦4月25日であろうか。とすれば新暦では5月20日ころに当たる。田植え時期のまさに農繁期である。親類の勧めもあって、死亡当日の10時間後に埋葬を終えているのである。

(県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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