2009年 2月 24日 (火)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉131 望月善次 旅の涙

 【啄木の短歌】

  こほりたるインクの罎を
  火に翳し
  涙ながれぬともしびの下

   (もと)〔『一握の砂』385〕

  〔現代語訳〕凍ってしまったインクの罎(びん)を、手で持ち上げるようにして火にかけると、涙が流れて来たのです。灯火のもとで。
 
  【賢治の短歌】

  熊谷の蓮生坊がたてし碑の旅はるばる
  と泪あふれぬ。

  〔152/大正五年九月五日 保坂嘉内宛〕

  〔現代語訳〕熊谷直実(蓮生坊)が建てた碑よ。(この碑につけても)遙々と来た旅のことが思われて涙が溢れたのです。
 
  〔評釈〕今回から、「涙」を素材とした十二回の抽出を行う。最初だから「なみだ」の漢字に及ぶと「涙」は「戻(ルイ)」の音が「累」に通じて「とめどなく流れる。」意。「泪」は「水+目」だから、説明は不要だろう。啄木歌は、釧路新聞着任当初のもの。仕事で行ったのだから、「旅」は相応しくない点もあろうが、僅か明治四十一年一月二十一日から同年四月五日までの間の滞在は、広義の「旅」であったと言ってもそれほど見当外れでもあるまい。せっけん箱が指につき、熱湯もすぐに冷える「寒い事話にならぬ」〔同年一月二十四日日記〕状況は、家族と離れた赴任の寂しさも加わり、涙は字義通り「とめどなく」流れたであろう。賢治作品は、大正五年九月の秩父地方土性地質調査に対応する。熊谷直実が創建した蓮生山熊谷寺には、一の谷の戦いで、彼が斬った平敦盛の追善碑がある。「泪あふれぬ」の涙は、そうした思いの複合的涙であろうが表現としてはもう一つ欲しい。

(盛岡大学長)

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