2009年 2月 28日 (土)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉132 望月善次 第4句の涙

 【啄木の短歌】

  珍しく、今日は、
  議会を罵つつ涙出でたり。
  うれしと思ふ。
      〔『悲しき玩具』67〕

  〔現代語訳〕珍しいことに、今日は、議会を罵(ののし)りながら涙が出たのです。(その一途さを)嬉しいと思ったのです。
 
  【賢治の短歌】

  とりて来し
  白ききのこを見てあれば
  なみだながるる寄宿のゆふべ
      〔「歌稿〔B〕」210〕

  〔現代語訳〕採って来た白い茸(きのこ)を見ていましたら、涙が流れて来たのです。寄宿舎の夕べに。
 
  〔評釈〕第四句に涙が出た〔涙出でたり/なみだながるる〕という表現を持つ二首を抽出した。啄木作品の「出でたり」は終止形で句切れとなるが、賢治作品の「ながるる」は連体形となって区切れとはならない。そうした点では必ずしも同一ではないが、いずれにしてもこうした構成の場合、結句が重要なものとなるだろう。その点からすると、どちらも「流された」というのが評者の率直な感想。そうしたこととも関係があるのかも知れないが、両者とも分かりにくい部分が含まれている。啄木作品においては、結句「うれしと思ふ」とした判断理由が、もう一つ分かりにくい。「珍しく」は「議会への罵り」か、それによって「涙が出た」ことなのか。評者としては、ひとまず「涙が出た」とし、「その一途さが」うれしいのだとして、「現代語訳」をつけておいた。賢治作品では、「なみだながるる」の理由が難しかった。話者がそう言っているのだからでは終わらない問題であろう。
(盛岡大学長)

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