2009年 5月 5日 (火)

       

■ 〈イタリアンチロルの昼下がり〉69 及川彩子 砂漠の中の修道院

     
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  イタリアは敬虔(けいけん)なカトリックの国。けれども、他の宗教と同じように、プロテスタント、ギリシャ正教、その他の密教など宗派は数え切れません。

  先日、近所に住む友人アンナピアから、エジプトで訪ねた「砂漠の修道院」の興味深い話を聞きました。

  ナイル川上流の神殿で知られるテーベの町に、4世紀の僧侶の生活記録が残されています。その西方の砂漠の中に、隠れ家のような修道院が今もあるというのです。

  コプト教と言われる密教で修道士は80人。この世との絆を絶ち、高い塀が巡る院内で伝統的なエジプト農民の自給自足の生活をしながら、人間の霊性を追求し、厳しい修行を続けているとのことでした。

  古代ユダヤ教時代から「砂漠」は罪人の流刑地で、ハンセン病患者の墓場。風土的にも、熱風の吹き荒れる冥界でした。

  聖書の詩篇に「神よ。あなたが民に先立ち、荒野を進み行かれた時…地は震え、天は雨を降らせました」という下りがあります。その信仰と魂の勝利を目指し、修道士たちは、敢えて砂漠に入るのだそうです。

  カトリック離れが深刻問題と言われるイタリア。また宗教戦争の続く混沌とした現在ですが、「砂漠の修道院」を訪れる若者は年々増えているとも聞きました。

  アンナピアと談笑しながら、この正月に訪れたアラビア半島の、もうひとつの「砂漠」を思い出しました〔写真・アラブ首長国連邦の首都アブダビ近郊〕。

  日本製の4輪駆動車で駆け抜ける砂漠ロードは、熱風どころかオイルマネーの恩恵で無数の水源パイプが張り巡らされ、美しい緑地帯と化していました。そのため、降水量も年々増えているのだそうです。

  でも砂漠の砂は、掬(すく)い上げても、すぐに指の間からこぼれ落ちます。その一粒一粒が、魂の抜け殻のように思われるのでした。

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