2009年 5月 10日 (日)

       

■ 大西民子の歌碑を建立 上の橋際の緑地で除幕式

     
  阿部代表や平井氏や盛岡二高の生徒らが民子の歌碑を除幕  
  阿部代表や平井氏や盛岡二高の生徒らが民子の歌碑を除幕  
  盛岡市出身の歌人、大西民子の歌碑が9日、同市本町通1丁目の上の橋たもとに建立され、現地で除幕式が行われた。「きららかについばむ鳥の去りしあと長くかかりて水はしづまる」の歌が刻まれている。今年は生誕85年、没後15年の節目に当たる。歌碑建立委員会(代表・阿部正樹IBC岩手放送社長)が、民子ゆかりの波濤短歌会と協力して建て、日本を代表するチェリストの平井丈一朗氏が作曲した楽譜を碑面に刻んで添えた。除幕式と祝賀会には全国から約300人が参加。民子が生まれた五月晴れの春に面影をしのび、残した歌を顕彰した。

 群馬県の鬼石町産の三波石が素材。大きさは高さ130a、幅290a、厚さ50a。中津川西岸の上の橋緑地に立つ。除幕式で阿部代表が「大西民子は盛岡出身でも、今まで盛岡に彼女をたずねるよすががなかった。やっとここに大西民子ですと言えるメモリアルが立った。歌碑には平井丈一朗さんの譜面を合わせて彫った」と式辞を述べた。

  「風光明美な擬宝珠の上の橋と中津川、母校に近い場所を提供した盛岡市に敬意を表する。高橋石材店が心を込めて工事した。波濤短歌会は九州からも70人を超える方が駆け付けてくれた。皆さんの浄財で建った歌碑をきっかけに民子の素晴らしい歌が語り継がれ、読み継がれるよう願う」と、関係者に感謝した。

  盛岡市の池田克典副市長、波濤短歌会の中島やよひさん、白梅会の赤澤典子さんらが除幕。盛岡二高音楽部が平井氏作曲のメロディーで歌を合唱した。民子が歌った盛岡二高の旧校歌も聞かせた。

  民子は1924年盛岡に生まれ、城南尋常小学校から県立盛岡高等女学校(現在の盛岡二高)に進み、41年には奈良女子高等師範学校入学。卒業後は県内での教職を経て埼玉県教育局職員となり、歌人としては82年に迢空賞を受賞した。啄木と同じく望郷の歌を多く残した。盛岡市の啄木・賢治青春館で企画展が開かれている。

  民子が結成した波濤短歌会の会員で、山形県から参列した高宮綾子さん(75)は「先生の声が耳に残っている。いつまでもその声を心に歌を詠んでいる。先生はとてもストイックで人格者だった」。宮城県から参列した渋谷政一さん(86)、けいさん(85)夫妻は「全国大会で自分の歌に訂正をもらったことがある。きょうの歌を聞いて手本を忘れずに頑張りたい」などと、師の遺徳を語った。

  平井氏は「民子の作品の孤高の美と洗練された歌に感銘した。作曲にあたってなかなか取りかかれなかったが、一字一句考え抜かれ、毅然とした歌に人を寄せ付けない雰囲気があった。しかし何回も読んでいるうちにインスピレーションがわき、身近に感じられるようになった」と話し、民子の短歌に新しい息吹を与えた。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします