2009年 5月 10日 (日)

       

■ 〈宮沢賢治の盛岡高農時代〉37 青春11

    四、新続・南昌山発見

  今回は夕暮れの南昌山のシルエットと、南昌山の歌碑と、二枚の写真を掲げておきたい。これは先回と先々回の最後に置きたかったけれども、写真のスペースを取ることができず、ようやく今回、まとめて見ていただくことになった。

  ほんらいこの二枚はカラー写真で、南昌山のほうは茜色の空をバックに、白く輝く夕日が沈む刹那をキャッチしている。撮影者は矢巾の賢治研究家・松本隆氏であるが、南昌山への賢治の思いが、まさに乗り移っているような写真であった。

  花巻から南昌山までは北へ約二十五キロ、新幹線では新花巻駅を出て三分もすれば、左側の窓に、そのポコンとした丸い山容が見えてくる。矢幅駅からは西へ約十二キロ、登山口の南昌山神社の右手は、竜が住むという北の沢の淵である。沢に沿った小径をいく賢治と藤原健次郎は、どんなに楽しかったことか。

  水辺の里の歌碑は、全国にある賢治歌碑の中でも、最も恵まれた歌碑の中の一つである。宮沢清六氏は、脚本家の倉本聡氏が花巻を訪れて賢治記念館を見、賢治の歌碑を見たいと云ったところ、

  「賢治の碑を一つ見るなら、賢治が一番
  喜んでいる矢巾の歌碑を見なさい」

  と話したという(松本隆『宮沢賢治が愛した南昌山と矢巾の二人の親友』)。その場所、石材、賢治が躍りだしてくるようなその歌。ほんとうによい歌碑であると思う。

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