2009年 5月 17日 (日)

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉216 八重嶋勲 「健康体になったとのこと安心している」

 ■284はがき 明治41年10月14日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一、
               日松館内
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧愈々健康体ニ相成候由安心致候、当方無事ナリ、母モ其后二三日ニテ回復シ目下頗ル壮健相成候、是又安心セラレ度、岩ノ沢ノ当戸主ハ阿部仁太と称シ(ス)ナリ、岩亀ノ手紙返書草稿(先キノ手紙ト同時ニ)至急送付セラレ度、學校ノ方ハ一日モ怠ラス勉學シ、病魔ノ為オクレタルモノヲ取返シノ付ク様被致度候、右回報迄、早々
十月十四日
 
  【解説】「前略、いよいよ健康体になったとのこと安心している。当方も無事である。母もその後2、3日で回復し、目下すこぶる壮健になった。これまた安心するように。岩ノ沢の当戸主は阿部仁太と称する。岩亀前紫波郡長への手紙の返書の草稿(先の手紙と同時に)至急送ってほしい。学校の方は1日も怠らず勉学して、病魔のために遅れたものを取り返しのつくようにせよ。右回報まで、早々」という内容。

  父が、長一の健康状態はどうか、大学には通学しているのか、学期末試験は受けたのか、どういう暮らし方をしているのか至急回報せよと、先月15日付の手紙を出し、その後2回手紙とはがきで要求して、ようやく今回で健康体になっていることが分った。このはがきの短い文面に、父がほっとしている様子が表われている。そしてすかさず叱咤(しった)激励を送っているのである。
(県歌人クラブ副会長兼事務局長)


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