2009年 5月 30日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉20 望月善次 どろの木は

 どろの木は三本立ちて鈍銀(にぶぎん)
  の空に向へり 女はたらき
 
  〔現代語訳〕ドロ(白楊)の木は、三本が立って、鈍い銀色の空に向っています。(目を転ずると、この空のもと)女性が働いています。

  〔評釈〕「六月草原篇」十首〔『アザリア会雑誌』第一号(盛岡高等農林アザリア会、大正六年七月一日)〕の二首め。「どろの木」は、「ドロ(白楊)」のこと。「ドロ」と言えば、賢治が「ギンドロヤナギ(銀白楊)」を好んだことはあまりにも有名。抽出歌においては、ドロの木は三本だが、賢治の「〔いま来た角に〕」では「二本の白楊(どろ)が立ってゐる。雄花の紐をひっそり垂れて」と二本になっていることも思い出される。さらに、賢治と類似的なことを挙げるなら、結句の「女はたらき」もそうである。と、言っても、類似性は、「女」という素材にあるのではない。今までの視線を転じて、他の素材をもって来る「視線の転換」においてである。抽出歌を同じく、大正五年六月の作品を例にとるならば「山脈の/まひるのすだま/ほのじろきおびえを送る六月の汽車」「歌稿〔B〕321」〔真昼の山脈のすだま(魑魅魍魎)よ。その魑魅魍魎に、仄かな怯えを送る六月の汽車よ。〕などである。
(盛岡大学長)

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