2009年 6月 7日 (日)

       

■ 〈盛岡市内の秘境駅探訪〉上 和井内和夫 大志田駅

     
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  秘境駅という言葉が鉄道ファンの間ではやっている。JR盛岡支社では山田線で「秘境駅号」という臨時列車を運行していた。またインターネットでも全国の秘境駅に関して多くの情報を見ることができる。

  秘境駅の条件はいろいろあるようだが、要するにそこに駅があるのが不思議だと言うことであろう。

  インターネットに全国の秘境駅のベストテンが出ている。誰もが想像するように北海道の駅が圧倒的に多いが、岩手県の駅も三つ入っている。北上山地を横断するJR山田線の大志田と浅岸、そして山田線の茂市から北に分岐する岩泉線の押角である。

  押角のある岩泉線となると沿線地域全体が僻(へき)地という感じなので、秘境駅もあって当たり前のように思うが、大志田駅と浅岸駅は岩手県の県都盛岡の市内である。

  大志田駅の所在地は盛岡市浅岸字大志田だ。

  浅岸駅の所在地は盛岡市新庄字中津川だ。

  浅岸村は私が子供のころに盛岡市に合併されたように記憶しているが、新庄の方はそれ以前から盛岡市内である。

  大志田駅の所在地が旧大字名では浅岸で、浅岸駅の所在地はそれが新庄というのがいかにも紛らわしいが、浅岸駅と命名したのは、鉄道が開通した当時、駅のある場所から一番近い集落が旧浅岸村の銭掛であったためと思われる。ちなみに現在銭掛のすぐ西(盛岡中心部により近い)の集落である大葛にある小学校は浅岸小学校である。

  インターネット上に大志田・浅岸両駅の探訪ルポがいくつか出ているが、地元として何か情報を発信しなければならないと思い、山田線の上米内駅をスタートし大志田駅・浅岸駅のルートを車で回ってみたことがある。

  駅がテーマであるので、JR山田線に乗って回れば一番いいわけだが、限られた時間内で回るとなると、今の山田線のダイヤでは相当無理なので車ということになった。

  ■大志田駅

  上米内駅から大志田駅までの行程は約9キロ。

  上米内の集落から米内川に沿って東に向かう米内川林道を走る。幅員は一車線であるがところどころに待避所らしいものがあり、対向車(たまにであるが大型車も)があってもなんとか通行できる。

  大志田駅には昭和50年代後半まで駅員がいた。また盛岡〜岩泉間の国道455号が整備される以前は、外山地区に山菜やタケノコ採りに入る人はこの駅を利用したものである。

  戦争中の昭和17年か18年、60年に1度というササに花が咲き実がなったことがある。食料事情の悪い時期であり、ササの実の収穫に盛岡市内の中学生が動員され、この駅から列をなして外山に登った。

  またかつてこの駅から東北約10キロのところに宮内省直轄の外山御料牧場があり、10人ほどの職員と数十人の牧夫が住んでいた。

  そのための生活物資の搬入や、生産した木炭の積み出しには最寄りのこの駅が利用された。

  山田線開通当初はスイッチバックのための信号所で、乗客の乗降や荷物の積み卸しは出来なかったが、前記の御料牧場の要望により普通の駅に昇格したと伝えられている。

  大志田集落の歴史は古い。昭和3年の大志田駅開業時でも周辺には5戸の民家があったそうである。

  戸数が最も多かったのは林業が盛んだった昭和30年代初めのころで、戸数は20戸ほどで、人口も150人を超え、40人を超す小中校生が列車で上米内に通ったそうである。

  その当時は一般民家のほか林業作業員用の飯場もあった。

  現在駅前の民家は2戸だけである。

  集落の2キロほど手前に東北電力米内発電所の取水用堰堤がある。

  (和井内和夫)

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