2009年 6月 10日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉128 伊藤幸子 わたしはここにいる

 カッコーが/淋しくない よ/淋しくないよと/い つものうた/同じ言葉を 人間の言葉でくり返す切 なさ
  宮静枝

  6月7日、サンセール盛岡にて「宮静枝詞華選集anthologie出版記念会」が行われた。ご案内を頂いたとき、宮静枝さんが亡くなられて、もう3年もたったかと驚く思いがした。

  平成15年6月1日には、杉土手の川沿いに黒御影石の立派な詩碑「わたしはここにいる」が建立され、大勢集ってお祝いをしたことがついこの間のような気がする。あの日の宮さんは93歳とは思えぬ若々しいお姿で、黒いドレスに身を包み、よく通るお声で、碑に刻まれた詩を朗読された。

  「旅をここまで来た/静かな日だまりだから/過ぎこしは指折らず/あの日より少し悲しく/みちのくの/城下町の川のほとり/わたしはここにいる」(前半略)

  今も、切々とあのお声がよみがえる。

  訃報を聞いたのは詩碑建立から3年後の平成18年12月25日、翌年2月11日には盛岡グランドホテルにてお別れ会が行われた。

  そしてこの度、美しい詩華選集が出版された。「たれもが菜の花畑を征ったので/たれもが心に菜の花を抱いた」との黄色い菜の花畑の写真のカバーがまぶしい。カバーの下は目も鮮やかな緑の表紙。この日、出席者のテーブルはなのはな、ゆり、あじさい、むくげ等々、どれも宮さんが愛し詠まれた花々の名で設(しつら)えられた。

  コーラスせきれいの皆さんの「岩手公園」「わたしはここにいる」も、佐藤洸さんの「啄木望郷の歌」そして「昴」に、しみじみと歳月の嵩(かさ)を感じ、さしぐむものがあった。

  私は、むくげ(ムグンファ)が咲くと「さっちゃんは戦争を知らない」を開き、声に出して読みあげる。今はカッコー。同、「ふり向けば」の一節。掲出詩に続き、「虹との約束はなかったが/虹に語りたいことが山々あったのに−」との述懐があり、カッコーのうたに連動する。

  いい集りだった。ある方は、宮さんに「外息子」といって愛された思い出を語られ、岡澤敏男さんは「なのはなの空をわらべのひとり行くほんのり白い三日月の橋」と献歌を詠まれた。みんな「私の宮静枝さん」をこのうえなく大切に語られる姿に心打たれた。


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