2009年 6月 11日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉91 北島貞紀 哲学の未来(下の1)

 「いつか人は死ぬ」その漠とした不安から逃れたくて出奔した。行き先が、とんだおまぬけで大宮から仙台になってしまった。とりあえず高校3年の僕は、早朝に仙台に着いた。

  しばらくあてどなく街を歩き回った。残金を数えながら、朝飯を食い、次の使命に取り掛かった。そう、職探しだ、しかも住居つきでなければならない。

  家出に至った経緯はこうだ。「余裕があるから、余計なことを考えてしまうのだ。もし食うために働かなければならないとしたら、そんなことを考える余裕がなくなってしまうに違いない。それならば、そういう状況に自分を追い込んでしまおう」

  アーケードのある商店街を何度も往復して、目をつけた店の前に立った。通りに面した大きな店構えのレストランパブで、入り口に「従業員募集(寮あり)」と張り紙があった。何度か入店をちゅうちょした後、やっとの思いでドアを開けた。

  あっさりと僕はそこの店員に採用された。履歴書もなしで、店長との面談だけで事が決まり、その日の夜から仕事をすることになった。その店は、日中は軽食・喫茶が主で、夜はパブとなって、酒と料理を提供する。そのころ流行の形態で、洋酒喫茶などといっていた。

  市内に同様の店がいくつかあるということで、そこそこの規模の会社だったのだろう。

  僕の仕事は、支給された制服を着て、店の入り口に立ち、客が来ると「いらっしゃいませ」と言い、帰る客に「ありがとうございました」といって頭を下げることだった。

  今までアルバイトの経験すらなかった自分には、相応の仕事だったが、新人にはそういう訓練をするというのがマニュアルだったのかもしれない。(今にして思えば…である)


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