2009年 6月 18日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉92 北島貞紀州 哲学の結末(下の2)

 パブレストランに雇われた僕は、その日ずっと立ちっぱなしで「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」を繰り返し、閉店時間の夜11時でやっと解放された。後片付けの後、そこの従業員何人かとマイクロバスに乗せられ、郊外にある寮に運び込まれた。もう足が棒のようになり、疲れ果てとにかく横になりたかった。あてがわれた部屋に入るやいなや、布団にもぐりこむと、お望みどおり、何も考えられずに眠りに落ちた。

  翌日は、早番ということで、顔を洗ったころにはマイクロバスに乗って出勤となった。10時ごろに店に入り、昼の開店の準備をする。トレイの持ち方と注文のとり方、厨房へのオーダーの出し方を教わった。もうホールスタッフの一員として仕事をこなすことになったのだ。早番は、夕方6時の上がりだった。遅番は、夕方4時から閉店の11時まで。

  住むところがあって、昼と夜には「まかない」と称する食事が出る。文無しの僕にとっては、理想の職場だった。店長は、なかなかできた人物で、きっちりと仕事をする人だった。教え方も上手で、ちょっとあこがれの存在となった。(背が高く、ルックスも良かった)

  仕事に慣れ、寮生活の要領も分かってくると、少し余裕がでてきた。「死」の不安からは解放されたが、今度は考える時間がないことが気に入らない。「ずっと仕事に追われて一生を終わるのか」と思うと、今度はそのことに底なし沼のような嫌悪と恐怖を感じた。

  「たとえ死の不安に悩まされても、学生の方がいい。しょせん自分はプチ・インテリなんだ」

  6日目の朝早く、寮を抜け出して駅に向かった。ポケットにあった金で、かろうじて入場券が買えた。これでドンコウに乗り込めば、何とか帰れる。盛岡に着けば(乗車券は)何とかなるだろう。店長の顔を思い浮かべて、少し胸が痛んだ。

  列車の窓から見る雲が、秋のものに変わっていた。高校生最後の夏が終わった。

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