2009年 6月 27日 (土)

       

■ 〈阿部陽子の里山スケッチ〉108 八幡平(はちまんたい、1613メートル)

     
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  昭和27年3月、八幡平スキーツアーに来県された高松宮殿下はひとこと語られたという。「このあたりにヒュッテがあればよい」−その年の秋、もみやま山荘は誕生。殿下から山荘名と記念の洋鐘が贈られた。盛岡スキーエリア風土記(村井正衛著)には、八幡平観光の黎明期が詳しく記されている。

  岩手では珍しく通年タイプの営業だったらしいが、私は泊まったことがなかった。黄土色の板を斜めに張ったオシャレな造りで、私の記憶に残る山荘は壊される寸前だったと思う。今も心の片隅でその澄んだ音がカ〜ンと鳴りひびく。

  八幡平の夏は、渡る風にそよぐ緑、ゆれる草花の旅情だろう。いたるところに湿原やお花畑が広がり、雲を映す池塘(ちとう)や青紫のオオシラビソ、鳥のさえずりで心が洗われる。1600メートルの高所でありながらキツ〜イ登りとか、肩で息をする険しさはない。スニーカーハイクで充分楽しい八幡平は、どなたにとっても高層の揺りかごであろう。

  車でアスピーテラインを駆けあがれば、荒々しい裏岩手連峰が立体絵本のようにパタパタと開いていく。上昇感を味わい眼下の樹海をのぞくと、もう私は舞い上がるオオワシだ。風景を丸ごと登山するところから、いつも私の八幡平は始まっていく。

  アスピーテラインの三つのバス停が、山頂への登山口だ。茶臼口で下車し、茶臼岳を経由すると3時間。黒谷地湿原から入って八幡沼湖畔の稜雲荘を経由すれば2時間を要す。秋田岩手の県境、見返峠だと最短距離の30分で行く。山頂は樹木に遮られるため、源太森の展望よりやや迫力に欠ける。
 
  では、樹氷群で有名な冬の八幡平はどうだろう。晴れた日の展望はほしいままで、スキーで登った者だけが知る銀嶺の別天地である。だが、八幡平の西風は王様だ。ご機嫌しだいで天国にもなれば地獄にもなる。

  私は、その王様に吹かれてトホホの気分で引き返したことがあった。深雪のラッセルに泣かされた…ことも。一夜、稜雲荘に停滞したときもある。加えて、ホワイトアウトの雪原ではリングワンデリングや進むべき方角を失うなど、奇異な危険も潜んでいる。

  平成20年に八幡平スキー場が閉鎖されたことで、冬の八幡平はより高く、ますます遠のいたと言えよう。どんな場合でも山荘は命のポケットだ。まず、茶臼山荘を目標に登る。西風と相談してそこから稜雲荘へシュプールを伸ばす。

  どこかでもう一人の私が呟くのである。「あの斜面に、もみやま山荘があった」

(版画家、盛岡市在住)

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