2009年 8月 1日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉45 望月善次 大空のまっさをの

 大空のまっさをのめに農場の畜舎の屋
  根の瓦が光る
 
  〔現代語訳〕大空の真っ青の眼には、農場の畜舎の屋根の瓦が光って(見えて)います。

  〔評釈〕「大空がまったく晴れておそろしや」三十二首〔『アザリア』第二輯(盛岡高等農林学校アザリア会、大正六年七月十八日)〕の十八首目。晴れ渡った大空を主材にしての一連の作品であるが、抽出歌は、視線を変えて、大空の側からのものとしているところが特徴となろう。もちろん、視線の変換をそこまで極端なものとは考えずに、抽出歌においては明示されていない話者「わたくし」には、「大空の眼には、農場の畜舎の屋根の瓦が光っているように見えます。」という可能性を葬り去ろうとするものではない。いずれにしても、注意しておくべきことは、作者が〈自身の側からのみではない視線の在り方〉を、短歌創作の上にも定着させていたことであろう。「大空のまっさをのめにvs(瓦が)光る」は比喩(ゆ)的には二重の「結合比喩」となる。この結合比喩が賢治作品の特徴をなすものだというのは評者の強調点であるが、嘉内・賢治の交流との相関性も今後考察したい論点である。
  (盛岡大学学長)


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