2009年 8月 1日 (土)

       

■ 〈雑穀〜在来種を引き継ぐ〉5 大谷洋樹 遺伝資源の保存

 アワ、キビはもちがあるが、うるちしかないヒエで、もち性を備えた系統は他県で報告はない。多くの地域で消えてなくなった雑穀がなぜ、県北を中心に岩手に残っているのか。当たり前だが、つくり続け、利用した人たちがあったからだ。雑穀に限らないが、岩手にまだ残る在来系統は伝えていかなければならない財産に思えてくる。

  県農業研究センター県北農業研究所に04年、雑穀遺伝資源センターが立ち上げられた。農家の高齢化で種を継ぐ伝統が途絶え、資源がなくなってしまう恐れがあった。在来系統は研究の有力な素材。代々、引き継がれてきたものだけに土地の風土に根付き、先人の思いがつまった作物でもある。

  保存するのはヒエ、アワ、キビ合計228種類(今年1月)。この中に、県が昭和60年に豆類や雑穀の栽培調査をした際に収集した種もある。収集した種は実際に栽培し、特性データを蓄積している。

  高度成長期に栽培をやめた農家も多く、昭和45年には県の奨励品種から雑穀が除外された。地域の系統が途絶えたものも少なくない。ただ、旧奨励品種で引き継がれているものがあり、ヒエは二子糯(もち)、与市早生、朝鮮、水来站、アワでは津軽早生、支那大粟、黄粟がそれぞれ保存されている。

  昭和60年の在来調査は国の事業の一貫として県が普及所を通じ組織だって調査したものだが、それ以来、大掛かりな収集調査はない。「遺伝資源収集野帳」と表に書かれ綴じられた当時の書類をみると、貴重な財産に感じる。農家一軒一軒からの簡単な聞き取りもしており、豆類が中心だが、全部で1千点ほどになる。

  近代的な育種によらず、農家の工夫で代々引き継がれてきたのが在来系統だ。研究素材としての価値だけではない。雑穀とひとくくりにされるが、ヒエなのか、アワなのか。それぞれ種類、歴史、食べ方がある。地域の生活文化や人々の思いを映す。

  名前などの由来、地元で食べたのか、販売したのか、牛馬の飼料にしたのか、ほかの地域から導入したのか、社会経済や文化的な背景があった。だが、たくさんの貴重な系統が途絶える可能性が高い。

  在来系統というととかく栽培しにくいなど経済性にあわないものとして軽視されがち。優良系統や品
種改良されたものに目が向くのは当たり前だろう。文化だけで食べるのは難しい。しかし、大量生産にはそぐわないかもしれないが、「ここにしかないもの」の価値や魅力を秘めている。加工などで付加価値をつけてもよいし、やり方によっては味わいに、体験に来てもらう素材になりうる。

  遺伝センターでは在来種は今のところ、研究素材として活用し、個別の農家などへの提供は考えていないという。資源がいたずらに他地域に流出してしまう可能性を考えなくてはいけないが、地域で有効活用もしたい。

  ただ、遺伝資源の保存と活用は収集、評価し、利用を探るだけでなく維持管理という地道な作業があってこそ。維持管理は設備だけでなく、交配を防ぎながらの種の更新など手間がかかり、人手が必要だ。そうしたバックアップが欠かせない。

  岩手は生産者団体や流通業者、研究機関、食の匠といった食を伝承する住民など地域ぐるみでかかわる環境がある。これは全国に誇れる。

  代々工夫しながら栽培し食べ続け、神さまへのお供えなどに利用してきたから残った。ただ時流にのっているからではなく、ただの換金作物なのではない。普通の農家が伝えてきた歴史がある。本物のブランドの価値がそこにある。(大谷洋樹‖地域ルポライター)
(終わり)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします