2009年 8月 2日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉4 丸山暁 小さなせせらぎは命の泉

     
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  この時期、本来なら夏真っ盛りなのだが、梅雨も明けず、ここのところまるで熱帯のスコールのような土砂降りで、わが家の小さなせせらぎにも立派な滝ができた。

  わが家では、この辺りでは小さい菜園、ハーブ園、花壇だが、随分たくさんの苗を育てている。毎年3000株以上の苗を育てているのではないだろうか。苗を育てるのには相当量の水がいる。ニンジンやゴボウやフェンネルをうまく発芽させるためには畑に水をまく。干からびた畑や花壇にも水をまくこともある。これらすべてにこの沢の水を使う。

  また、水場は農具や泥だらけの長靴を洗い、大根やゴボウや山芋も洗う。水場は、早春、どこからかやってきて、勾玉(まがたま)のような卵を産んで孵化して手足を生やす東北サンショウウオや、オニヤンマのヤゴの揺りかごでもある。

  雪や雨が少ない夏は、干上がりそうなこともあるが、水場には水が切れることはない。この小さなせせらぎは、わが家の暮らしと心をも豊かにしてくれる命の泉である。

  東京にいて、移住地探しの条件は、豊かな緑と適度な広さの土地と、清らかなせせらぎだった。そんな条件で、南は四国、北は東北岩手まで全国40カ所近く理想郷を探したが、なかなか条件に合う場所がなかった。

  そして最終的に、早池峰山のふもとの小さな谷間にたどり着いた。ここには小さいながらせせらぎがあった。このわが家のせせらぎは、家の前の渓流八木巻川に流れ込み、仲居川に合流し、稗貫川となり東北の大河川北上川となって太平洋に流れていく。

  今見ているせせらぎの水分子たちは、いずれ太平洋にでて、世界を巡ることになるだろう。中には、洋上で蒸発し、雲となり雨となって再びわが家に戻ってくるものもあるだろう。こんな小さなせせらぎにも雄大な物語がある。

  しかし、そんな水物語も世界に目を向ければ、水は今すでに、将来はもっと危機的状況にある。20世紀は資源争奪の戦争の世紀だった。21世紀は水争奪の世紀になることが予想される。

  この100年で、文明の発展と共に、水の需要は100倍以上になっている。中国やアメリカなどの農業国の水も枯渇しつつある。世界人口の2割、10数億人は安全な飲み水すら手に入らない。それなのに豊かな水の国、日本のバーチャルウオーター(輸入食料のため海外で使われる水)は年間640億d、国内灌漑(かんがい)用水を上回る。

  自分の水の安全、ロマンだけではなく、世界の水の安全も考えなければならない。農業の自給は、食糧問題だけではなく、水問題でもありうる。豊かな水辺でそんなことも考える。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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