2009年 8月 5日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉136 伊藤幸子 「文学の森」

 どぜう喰ひ文学の毒ちら
  しけり
  川村杳平

  ふるさと盛岡に、大西民子が帰ってきた。5月9日、上の橋のたもとに歌碑が建立されたが、その「大西民子歌碑建立委員会」事務局としてこん身の働きをされた川村杳平さん。同8日には民子評伝「無告のうた」を角川学芸出版より上梓、全国版で好評発売中である。

  掲出句は平成15年刊の第一句集「羽音」より。このときは「序」を長尾宇迦(迦はしんにょうの点が二つ)「跋」文を故三好京三先生に賜るという栄に浴され、翌年「文学の森俳句大賞」で準大賞を受賞された。

  その三好先生の跋文に「このたび川村さんの句集『羽音』を拝見し、改めて俳人としての氏の実力を思い知った。叙景もさることながら、句に流れる物語性が魅力的だ。〈どぜう喰ひ…〉の句では、文学かぶれの不良少年だったわが高校時代がよみがえった。作家の中でも無頼派とよばれる太宰治、織田作之助、坂口安吾らの作品にかぶれ、文学の毒にまみれていたのである…」と讃辞を寄せられた。

  長尾先生は「君のただならぬ文章を認めるようになったのは『北の文学』に発表した一連の作家論である。とりわけ、歌人大西民子の人物、歌論は神髄をつき、その文章にも感じ入った」と、あたかも今日の民子評論集への期待と予感を示されて感慨深いものがある。

  「寒雀あつめ異郷の民子歌碑」詞書に〈大宮氷川神社参道〉とあり、作者の思いは常にご自分の生地関東と現住の盛岡の間を逍遙(しょうよう)し、イメージを膨らませておられたのであろう。「太宰忌や主一人の古書店主」「馬の目に全身映すサンドレス」「朱の縁の管笠の波鬼やんま」「凱歌にも似たる羽音の熊ん蜂」どれも一読忘れられない句ばかりである。また、私の「駒形どぜう」の思いは、昔、客の履物をしっかりとひもで結んで預かる下足係さんがおられて、肌身に江戸が感じられたことだった。

  さて、8月、川村さんには還暦を迎えられる由。先夜、遅ればせながら新著のお祝い会がもたれた。「恩情と友情の宴梅雨晴れて」と主人公の秀吟。飲むほどに文学の森は深まり、氏の胸には早くも第二句集、第二評論集への思いがたぎり始めたようだ。


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