2009年 8月 11日 (火)

       

■ 〈イタリアンチロルの昼下がり〉76 及川彩子 時を刻む町の風景

     
   
     
  イタリアの町を歩くと、路地や民家の壁に「日時計」の絵を見かけます。フレスコ画の歴史的な絵だけでなく、新築の壁にもインテリア感覚でよくなじんでいるのです。

  古都パドヴァには、ガリレオが教壇に立ったパドヴァ大学の天文学教室の壁に、窓からの日差しで、日付と時間を計った昔の日時計が描かれています。

  またガリレオは振り子時計の基礎「振り子の法則」発見でも知られ、市庁舎の時計台には、それ以前の、世界最古という14世紀の機械時計が今も時を刻んでいます。

  ここアジアゴのわが家近くの民家の壁の日時計〔写真〕は、「生命の源」を感じさせる海が背景。最近その絵に、地元小学生のメッセージ「時間を止めることはできない。後戻りもできない。でも足跡は残る」が書き加えられました。

  時の観念が生まれ、水時計や日時計が発明されたのはエジプト時代。以来、1時間以内は砂時計、24時間は水時計や日時計で計られ、一晩はローソク3本分と言われました。

  中世になると、人々の生活の中心は3時間ごとに鳴る教会の鐘。「祈り」自体も時間の基準になり、当時の料理本に「詩篇何編分だけ肉を煮る」という記述もあります。

  ヨーロッパ史の第一人者、堀米庸三氏の「中世史」に『日本人は、光陰は逝く水の如し、光陰矢の如しといった表現に親しんでいるが、ヨーロッパ人にとっ
て、時は水平ではなく、上下に流れ、始めと終わりがある』という考察があります。

  どれだけ時間が経ったか、どれだけ未来が残っているかが一目瞭然のローソク、砂と水の上下運動、そして「生死」を分ける光と陰。その有限の中で、自然に対抗し、積極的に生きようとする意志が石の街造りになり、ヨーロッパ文化の基礎となったのです。

  近所の壁画を見るたびに「足跡を残そう」というフレーズに励まされています。

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