2009年 8月 12日 (水)

       

■ 笹森山から賢治の世界を眺める 研究者ら感動の1日

     
  笹森山の山頂で、岩手山を背にしながらベゴ石の会の佐藤幸男さんから説明を受ける参加者  
 
笹森山の山頂で、岩手山を背にしながらベゴ石の会の
佐藤幸男さんから説明を受ける参加者
 
  滝沢村の陸上自衛隊岩手駐屯地内にある笹森山(標高440b)から「賢治の世界を眺めよう」という観察会が11日、現地で開かれた。同村の賢治とベゴ石の会(田中明弘会長)の主催。岩手山を背に鞍掛、早池峰、姫神、七時雨、三ツ石の山々を見晴るかす一本木原を目の前にして、賢治研究者らが新たな感動に浸った。

  笹森山は、なだらかな岩手山東側の山ろくにぽつんと突き出た眺望地として知られるが、演習林の中にあるためふだん一般人は立ち入れない。貴重な機会とあって県外からの参加もあり約40人が集まった。キャタピラーの跡が刻まれた戦車道と言われるアスファルトの一本道を車で10分ほど上った終点が笹森山だった。

  賢治は1925年(大正14年)に友人の森佐一を伴って一本木原を歩いている。ベゴ石の会会長の田中さんによると、2人は盛岡から汽車で小岩井まで行き、明かりがともる夕闇の中を歩き出した。途中、春子谷地で道に迷い、柳沢の岩手山神社社務所で借宿、翌朝、笹森山を経て焼走りに至った。「前年には『春と修羅』を出し充実した時期だが、教え子にあてた手紙に来春には教師を辞め本当の百姓になると書き送っているなど悩んでもいた」と田中さん。その徒歩行は、詩「国立公園候補地に関する意見」(春と修羅第2集)になった。

  参加した研究者の岡澤敏男さんは、異色の童話「土神と狐」に登場するカバの木があった場所が笹森山と解説する。「ここには何度も何度も来たでしょう。木樵(きこり)が向かったという三ツ森(石)山もすぐ目の前だ。当時は木もない一面の原っぱだったでしょうから、ぜんぶが見渡せたでしょう。大好きな場所だったと思います」という。

  岩手駐屯地が開設されたのは1957年(昭和32年)。以来50年間にわたって人の手が入らない一本木原は、高さ十数bの自然林がうっそうと茂る深い森を形成するまでになった。

  笹森山から実弾演習時の観察所として使用される築山に移動すると、キキョウが紫の花を開き、周囲でカシワが大きな葉を揺らせていた。雫石と賢治を語る会事務局長の関敬一さんは「賢治でなくても、童話を書いてみたくなるような場所だね」と感想。

  青森県三沢市から参加した賢治の会の会員、堀内トサ子さん(60)は「作品を読むのに現地を見ると味わいがまた違う。どこかに賢治の足跡が残っていないかしらと思ってしまいました」と感動に浸っていた。

  主催者の1人でベゴ石の会の佐藤幸男さんは「当時と現在とをスライドさせて見てもらいたかった。予想以上に反応があった」と喜んでいた。


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