2009年 8月 12日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉137 伊藤幸子 追悼の夏

 娶らずに戦死し兄を偲ぶ者八十路すぎたるわれひとりなり
  六車フサエ
 
  平成19年8月20日付朝日歌壇より。第一席高野公彦評「一首、戦死した兄を思い出す者は自分一人になった。悲しいけれどこれが現実なのだ。せめてその事を短歌に残しておきたい、との気持ちで詠まれた作か」。第二席佐佐木幸綱評「第二首、若い命を奪われた戦死者の一生、半世紀という時間。読者の心にさまざまな波紋を広げる」とある。作者は奈良の人。

  敗戦から64年、追悼の夏が来た。私はこの一首から、歌人上田三四二の小説「祝婚」を思い出し、久々に読み返してみた。主人公は従弟の娘の結婚式によばれてきた。そのもう一人の従兄は戦死、物語はこんな風につづられる。

  「北の島で戦死した従兄のことが思いに浮かんだ。司令官以下二千五百の将兵がひとり残らず戦死した中に、新兵の従兄がいたと聞いて、下宿屋のおかみは言った。「お気の毒なことどすなあ。おなごはんの味もお知りやさしませんで|」彼は自分の心を言い当てられたようにギクリとした。交りの薄かったこの二つ年上の従兄について、彼はほとんど思い出というものを持たないが、女に逢う路のめずらかさも覚えぬまま苦しい死に追いやられた哀れは、同世代の非業の死者の数を思う心の核となって消えることがなかった。」

  平成元年、上田の死の年に出された短篇。このように死者の悲しみ、生き残った者の悲しみを臨場感をもってとらえることのできる人口は現在では真に「八十路すぎたる」人々のみといえるかもしれない。

  今、某テレビ局で城山三郎原作「官僚たちの夏」が放映されているが、一面の焼け野原から復興してゆく日本の経済大国への歩みが興味深い。池田(作品では池内)内閣の流れをくんで戦後政治を作った宮澤喜一元首相も一昨年6月87歳で逝去。日本共産党の宮本顕治もまた同年7月98歳で逝った。歴史とは常に流動する現実の積み重ねである。

  2009追悼の夏は、選挙の夏、混沌(こんとん)の夏になってきた。「美しい国」を唱えながら中途で消えた宰相もいたが、64年前の敗戦国民のひたむきな「平和」への願いだけはあせぬようにと祈るのみである。

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