2009年 8月 14日 (金)

       

■ 〈風のささやき〉7 重石晃子 京菓子・わらび餅

     
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  ちょっとした用事が出来て、久しぶりに京都に行って来た。京都駅のホームに立つと、足元からぶわーと熱気が上がってくる。カリカリのすごい暑さである。気温30度を越す地上を避け、メトロを利用して、予約のホテルにとりあえず行くことにした。

  ざわめく地下街や、電車の中でも聞こえる京都弁は、優しくかわいらしい響きで、はるばる京都に着いた実感があった。祇園祭りのお囃子(はやし)も、のどかに響いてお祭りの時期でもある。

  京都には以前に何度か来ていて、美術館やお寺めぐりもしたし、雪の金閣寺を、今は亡き深沢先生ご夫妻と共に、感嘆して見た事もあった。懐かしい京都である。

  夕方、ホテルから散歩に出た。町には時々「わらび餅」の旗や看板が目に付く。あの「わらび餅」か、そう言えば、以前に姉と一緒に京都に来て、「わらび餅」を買ったのだった。

  そのおいしかったこと、今も忘れない。口の中でとろけるような、甘く深い味わいに感激し、こんなスイーツは初めて食べたと思った。京都には、いにしえから続く伝統のお菓子があり、お茶事と共に大切にされてきたのであろう。今度もまたあの感激を味わいたいと、食いしん坊の私はそう思った。

  あのお菓子屋は、確か祇園の先斗町だったはず。間口は一間ほどしかない小さな店だが、暖簾(のれん)をくぐって中に入ると、この店のお菓子の見本が、拭(ふ)き清められたガラスケースに、美しく並べられていた。姉と二人であれこれ選び「わらび餅」を買い求めた。

  記憶を辿(たど)りながら、あちこちとお菓子屋をさがしたが、どうしても見つからない。とうとうお菓子屋は幻となってしまった。

  2泊の京都は忙しく過ぎて、心を残しつつ私はまた、盛岡に帰って来た。

  留守の間に東京の知人からお中元が届いていた。包みを開けると、何と真空パックされた「わらび餅」である。それは記憶の味とは少し違う気がするのだが、まさしく食べ損なった京都の味であった。偶然とはいえ、誰かが糸を引いたようで、驚きながらも、うれしく頂いた。

(盛岡市在住、画家)

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