2009年 8月 15日 (土)

       

■ 〈阿部陽子の里山スケッチ〉111 朝日岳(あさひだけ、1376メートル)

     
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  かつては、秋田を「羽後国」、岩手を「陸奥国」と称した。この2国を東西に分かつ奥羽山脈は、越すに越されぬ山峡の大動脈である。そして、脊(せき)陵を嶺(みね)から嶺へ縫い合わせたようにつなぐ南北のラインを、県境尾根と呼ぶ。
  朝日岳は、純然たる秋田県の山である。大荒沢岳の尾根続きでありながら、頂を陸奥から1`b外して羽後に置く。それゆえに「羽後朝日岳」と別称。また、土を運ぶ「畚(もっこ)」に似た山容から、「朝日モッコ」と呼ぶともいう。二ノ沢畚、支度内畚、奥沢畚、モッコ岳…と、周辺にはモッコと名のつく山が多い。
  仙北市田沢湖からすると、太陽は朝日岳から昇り、主神が天照大神(あまてらすおおみかみ)だ。秋田と岩手の県境を眺めるポイントとして、朝日岳は最高である。岩手側から、せめて沈んだ夕日を拝みたいと思うが、それでは夕日岳になってしまうので、やはり羽後にゆずって朝日岳がよろしかろう。 
  朝日岳は、ヘナタレ沢の源流部を遡(そ)行して鞍部に突き上げ、長い尾根を山頂に向かう方法が一般的である。仙北市田沢湖字田向から堂田を経て夏瀬ダムへ南下、部名垂沢林道を進んでヘナタレ沢まで行く。砂防ダムの工事で架けた橋が壊れてしまったので、車はここでストップだ。
  沢を渡渉し、古い工事道をしばらく歩く。砂防ダム最上部で入渓しよう。ゴロゴロ石が続くヘナタレ沢は、明るい解放的な沢だ。大きな枯れ沢が合流する広場までは、困難な滝は見当たらない。
  広場から茂みの中の沢をなおも遡行する。二股に着いたら左の本流へ。既存のロープをたよりに岩場をよじ登り、さらにトンネル状の低木帯を這うようにして稜(りょう)線へ上がる。花と草原の尾根を渡って山頂に立つ。朝日岳での侮りはご法度だ。往路5時間かかり、復路も5時間みておかなければいけない。
  岩手側からは、夏季、大荒沢岳|朝日岳の1`b強の稜線で、ひどいやぶこぎを強いられる。そのため積雪期が最良だ。山スキーやスノーシューで、西和賀町の貝沢集落より沢尻岳、大荒沢岳を経由する。
 
  ニュージーランドの山に逝っためぐるさんと、あのとき眺めた県境の雪嶺は、生涯忘れえぬ私のワンショットになった。霧の朝日岳に立ち、さぁ、帰ろうとスキーが踏みでたその瞬間、めぐるさんの歓声があがった。ガスが劇的にめくれ上がったのだ。
  朝日岳は言い放つ||「見よ、燻(いぶ)し銀の県境尾根を。ほんの一時、汝らを奥羽の懐深く招きいれよう」。唖(あ)然としてたたずむ私は、小さき過客であった。(版画家、盛岡市在住)

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