2009年 8月 15日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉51 望月善次 だんまりと門を出づれば

 だんまりと門を出づれば朝がたの土に
  ひらひら柿の葉が散る、
 
  〔現代語訳〕黙って、門を出ますと、朝の土に、ひらひらと柿の葉が散っています。

  〔評釈〕「大空がまったく晴れておそろしや」三十二首〔『アザリア』第二輯(盛岡高等農林学校アザリア会、大正六年七月十八日)〕の二十四首目。初句の「だんまり」は、いうまでもなく「黙り(ダマリ)」の撥音便。口語風の物言いを具体化しようとしたものであろうが、短歌定型五七五七七の五音に引き付けられた点もあるであろう。(歌舞伎にも知識があった嘉内のことだから、歌舞伎でいう「だんまり(登場人物が台詞なしで闇中をさぐりあう動作の様式化した演出方法〔『広辞苑』〕)」からの影響も考え得るであろうか。「朝方」の「方」は、「時間(ころ)」を表わすものであるが、〔現代語訳〕ではあえて「朝」とだけにしておいた。「出づれば〜柿の葉が散る」は、これまで何度か触れて来たように、科学的な意味での因果関係ではない。むしろ、両者の間に、ある「距離感」や一定程度の「非整合性」があると「作品」となり得るのだが、抽出歌においては、そのレベルには至っていない。
  (盛岡大学学長)

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