2009年 8月 18日 (火)

       

■ 〈夜空に夢見る星めぐり〉238 八木淳一郎 ガリレオの贈り物(その12)

 今から400年前、イタリアのガリレオ・ガリレイは人類史上初めて望遠鏡を星空に向けて木星の周りを4つの衛星が回っているのを観測し、地球は太陽の周りを回っているのだとするコペルニクスの地動説を碓信します。

  当時のローマ・カソリック教会の権力は絶対で、地球がこの世界の中心であるとする教義に反するとして、地動説を人々に説く者を投獄し、ジョルタノ・ブルーノのように火あぶりの刑に処せられる者もいました。コペルニクス自身も迫害を恐れましたがそれは仕方のないことなのです。地動説の出版は死の直前になってであり、しかも本の最後に「これは架空の話である」とさえ記しました。ガリレオも宗教裁判にかけられ幽閉され、不遇の後半生を送ります。

  太陽と惑星や、惑星と衛星の関係のように、質量の大きな天体の周りを小さな天体が回る|引力という見えない鎖で繋がれているという大自然の姿を見るとき、権力を手にした者がそうではない者を思うままコントロールするという人間の行動や社会現象もまた、自然界の法則によるのであろうかと考えずにはいられません。

  ガリレオは自身の苦難の体験を通して天文学や物理学のみならず、このようなことにも思いを馳せるようにとのメッセージをわたしたちに贈ってくれたのではないでしょうか。ガリレオ以来、天文学はわたしたちの宇宙観を培ってくれました。そしてまた、人類はどこから来て、どこに居て、どこへ行こうとしているのか|星は、天文学は、人類が生きていく上での道しるべになっていることに気付かされます。では、ガリレオの苦悩から400年の時を経て人の世はどう変わったでしょう。何百年と続いた封建時代から明治へ、そして今日へと変遷した日本。ガリレオの時代と宗教や国家体制は全く異なるものの、変わらない部分や共通した面はないでしょうか。権力を握った人たちについてはどうでしょう。

  今の日本でいえば、権力は中央官僚を頂点に、地方、末端の隅々まで国家の名のもとに身分を保証された人たちとその体制を支えようとする政党などを指すのでしょうか。さらに間接的な権力として、大きな経済力やマスメディアの存在はどうでしょう。そしてまた、教育は人心を管理する上で根幹を成すもののように思えますが、例えば、権力サイドに都合の良いよう、小さいうちから自分の意見は持たせず述べさせず、権威や肩書きのある人に逆らうことなく従うようしつけたり、などなど|。また、中世キリスト教にみるような宗教の力というものはどうとらえるべきでしょう。

  権力の座にある人たちが権益と保身に終始して、最も大切な人間への尊厳、人権や人の命といったことをおろそかにしていたとしたら、社会や人類全体の進歩・成長などのぞめないのかもしれません。これまでの日本が果たしてどうであったかは人によって評価が異なるでしょう。

  コペルニクスやガリレオ、それに夜空の星はわたしたちに様々なことを問いかけ、そして語ってくれます。
(盛岡天文同好会会員)

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