2009年 8月 22日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉122 岡澤敏男 四列の落葉松のナゾ

 ■四列の落葉松のナゾ

  賢治は岩手山への旅のつれづれに小岩井農場を訪れたといわれます。賢治の《小岩井農場体験》は岩手山のそれにも匹敵するほど重層的に浸透された体験だったから、長篇詩「小岩井農場」には読むたびに不思議な感動をもたらすアルファがあるのです。小鳥や樹木や建物や畑や馬や羊や牛たちが風や空気や背景の山々と調和して、まるで初めからそこに定位すべき存在として語りかけてくる空間があるのです。

  心象スケッチ「春と修羅」シリーズの作品には「モノローグ」にあたる部分を本文より行下げして括弧・二重括弧や……によって表記している。しかも行下げにも1字下げから6字下げまで多岐にわたっており、その行下げ字数の位置関係から心象のメルクマールが察知されるのです。

  たとえば「パート4」の(四列の茶いろの落葉松)の詩章についてもそのとおりで、なぜ本文より4字下げをして挿入したのか。長篇詩の「モノローグ」による段落部分を調べると「パート1」より「パート9」まで39カ所もあるが、そのなかで4字下げは(四列の茶いろの落葉松)の詩章に限定されており、それ以外の例は1字ないしは3字下げに表記されています。

  すなわち、この〈四列の落葉松〉の存在は決して偶然に視覚されたという「樹木列」ではなく、意識的に定位させた樹木列であることを暗示する4字下げ表記と考えられます。

  賢治はなぜこのような手の込んだ表記をしたのか。それは「パート9」のつぎの詩章と関連するのです。

  ユリアがわたくしの左を行く
  大きな紺の瞳をりんと張つて
  ペムペルがわたくしの右にゐる
  ……………はさつき横に外れた
  あのから松の列のとこから横に外れた
 
  「あのから松の列」とは(四列の茶いろの落葉松)のことで、横に外れたのは草稿にあるツィーゲルを指している。ユリア、ペムペル、ツィーゲルについては異説もあるが、河本義行、小菅健吉、保阪嘉内を比擬するものと推察されます。

  それは落葉松の「四列」の数詞に、賢治(わたくし)を加えた「アザリア会」の「4人衆」(中心的メンバー)を隠喩(ゆ)するとみられるからです。

  ちなみにユリアの「紺の瞳」は河本の俳号《緑石》を、ペンペルのPは健吉のKの頭韻をアレンジしたものでしょう。ツィーゲルはドイツ語の「馬の手綱か」と『宮沢賢治語彙辞典』(原子朗編)にあるが、辞書には「抑制、束縛」の比喩として用いられることがあるという。法華経入信を迫る賢治の折伏(束縛)を断ちきった保阪嘉内をドイツ語で暗喩したとみられる。定稿ではツィーゲルの名を伏せ「………は」と表記したのは「わが一人の友」への配慮だったかも知れません。

  賢治は大正9年12月上旬の書簡で「私の友保阪嘉内、私の友保阪嘉内、我を棄てるな」と哀願するほど敬愛していた嘉内でした。その「わが一人の友」が折伏のツィーゲルから横に外れたのです。

  この深刻な決別がもたらした強迫観念を清算する旅が長篇詩のモチーフであり、草稿にはなかった(四列の茶いろの落葉松」を現象させる意図だったと思われます。

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