2009年 8月 25日 (火)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉54 望月善次 影ろふこれは

 影ろふはこれはどろの木、その木の
  根、まったく青く草に埋もる
 
  〔現代語訳〕蔭になっているのは、正にドロノキ(白楊)です。また、その根です。(一本の木全体が)本当に青く草に埋もれているのです。

  〔評釈〕「大空がまったく晴れておそろしや」三十二首〔『アザリア』第二輯(盛岡高等農林学校アザリア会、大正六年七月十八日)〕の二十七首目。いわゆる「晴れ渡った青空」に直接関係する作品の最終歌である。〔残り五首は、次回に示すように、『アザリア』主要同人の四人、(嘉内以外は、賢治、小菅健吉、河本義行)と行った「馬鹿旅行」に関するものとなる。〕話者の視線は、まず「ドロノキ(白楊)」全体を眺め、そのドロノキが、根とも一体であることを認識する。つまり、根をも含めたドロノキ全体が「青」となっていることを認識する。もちろん、この「青」は、直接的にはドロノキを指すわけであるが、それは同時に「草」の青さにも通じる。ドロノキの青さは、草の青さでもあるのだが、表現としては、ドロノキを前面に出して、そのドロノキが「青く」草に埋もれているとしたのである。「(影ろふ)は、これは○○、その××」の形をもった初句からの出だしにも注目した。
(盛岡大学学長)

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