2009年 8月 29日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉56 望月善次 沈殿の空より降るは

 沈殿の空より降るは霧の雨、まったく
  ぬれしアーク燈かも
 
  〔現代語訳〕沈んだ(深夜の)空から降るのは霧雨です。(その霧雨に)すっかり濡れたアーク燈なのです。

  〔評釈〕「大空がまったく晴れておそろしや」三十二首〔『アザリア』第二輯(盛岡高等農林学校アザリア会、大正六年七月十八日)〕の二十九首目。「馬鹿旅行」を題材とした五首の二首目。「アーク燈」は、「アーク放電」を用いた電灯。「アークライト」とも。賢治作品においては、何と言っても、「岩手公園」の「弧光燈(アークライト)にめくるめき、羽虫の群の集まりつ」の例が良く知られていよう。前回挙げた「秋田街道」にも「おれはかなしく来た方をふりかえる。盛岡の電燈は微かにゆらいでねむさうにならび只公園のアーク燈だけがそらぞらしい気焔の波を上げてゐる。」とある。抽出歌は、散文と比べると、その特徴がはっきりとなろう。例えば、「霧雨が沈んだ空から降っていて、アーク燈もすっかり濡れている。」の例を置いてみると、冒頭三句は「○○は××である。」の形を採っていることや、第四五句は、「まったく〜かも」で口語・文語風の一つの形をなしている等である。
  (盛岡大学学長)

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