2009年 10月 1日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉107 北島貞紀 ウッドストック1969

 この章の書き出しをいくつも思い浮かべては、消していった。とうとう決めかねて、そのままを書き始めた。思い入れが強すぎるのだ。もちろん、この歴史的イベントに参加したわけではない。その翌年に、ドキュメンタリー映画となったものを観たにすぎない。そして、それを契機にロックアーティストを目指したわけでもない。

  しかし、そこに象徴される「何か」が僕をとらえ、その後の人生に、影のようについてきた気がするのだ。

  1969年8月15日から3日間にわたって開催された「ウッドストック・フェスティバル」は、当初の主催者の予想を大きく超えて、空前絶後の伝説のロックフェスティバルとなった。

  会場となったのは、ニューヨーク市から車で2時間余り北上したところにある、ニューヨーク州サリバン郡ベゼル。当初予定していたアルスター郡ウッドストックは、地域住民の反対で場所が借りられず、数十`離れたベゼルにある個人農場となったのだ。

  その入場者数であるが、当初は1〜2万人規模を見込んでいたが、前売り段階で18万人を超え、最終入場数は40万人を超えたという。40万人である。盛岡市とその近郊を併せたくらいの人口が、個人農場に集まったのだからすさまじい。一夜にして、都市ができたようなものである。僕は、その規模や状況を想像することができない。

  僕が映画を観たのは、高校3年生のときである。そのときは、出演したアーティストやその会場の熱気に心を奪われて、そのほかのことは余り意識になかった。

  あらためて、このデータをみると、疑問がわいてくる。まず会場の広さだ。いくらアメリカの農場が広くとも、40万人の収容だ。当初予定地で間に合ったのだろうか?駐車場はどうだろう?


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