2009年 10月 3日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉70 望月善次 よくも又ふるふ

 よくも又ふるふ地なるか 今宵また
  われらの前に耀きふるふ
 
  〔現代語訳〕本当に素晴らしい勢いで活動している大地ですねぇ。(この大地は)今宵もまた私たちの前に耀きをもって活動している様を見せているのです。

  〔評釈〕「山に向へば」十首の冒頭歌〔『アザリア』第三輯(盛岡高農アザリア会、大正六年十月十七日)〕。日本人の深層には、広くアニミズム的傾向が横たわっているというのが評者の現在における仮説である。結婚式をキリスト教や神道で挙げた者たちが、葬式を寺で行うことを多くの人々が違和感を抱かない文化の在り方はこうした傾向の具体的な現れであろう。父善作が熱心な禊教の信者であった嘉内の場合は、そうしたエートスを受け入れる素地は豊かに持っていたとして良いであろう。抽出歌に見る大地感覚をそうしたもののみで見ることの危険性は、もちろん否定しない。ここでは、むしろ、青年の持つ熱いエネルギーが(嘉内はそうした熱い心を持った青年であった。)が、大地を「耀きふるふ」ものとして見させているのだというのが素直な読みであろうか。話者の心昂ぶりは、「よくも〜なるか」の出だしや、「また(又)」や「ふるふ」のリフレインの中にも、熱く現れている。
(盛岡大学学長)

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