2009年 10月 6日 (火)

       

■ 〈イタリアンチロルの昼下がり〉80 及川彩子 古都の噴水と水事情

     
   
     
  日本では、川の街の風情が、どの地方でも見られますが、イタリアでは、アルプスから本土を横断して、アドリア海に注ぐポー川、フィレンツエを流れるアルノ川、ローマのテベレ川など数えるほどしかありません。

  最近日本のテレビで、山の上の古都・シエナの噴水と地下水道が紹介されたそうですが、ヨーロッパのどの国でも、遠い昔から、生活水の確保が街づくりの大きな課題でした。今でも「飲料水」は買うもの。レストランでも喫茶店でも、コップ1杯の水とグラスワインの値段はほぼ同じです。

  私の住むアジアゴは、アルプスの恩恵を受け、水道水もおいしいと言いますが、それでもマーケットには飲用水売り場があり、2g入りのペットボトル1本20円から、100円以上のものまでさまざま。週に何度と買い出ししたり、配達したりしてもらうのです。

  水道造りに長けた者が、支配者として君臨してきたイタリアの歴史。今でも各地に残るローマ時代の水道橋は、知恵と権力の結晶。最古の水道は紀元前300年までさかのぼります。

  建築技術が向上し、水で力を誇示するようになると、街には多くの噴水や公衆浴場が造られました。特に噴水はローマ市内だけで千カ所余り。中には、今でも何十`も離れた水源から、2千年以上も前の水道を伝ってくる噴水もあると聞きます。

  噴水の建造は、芸術家たちの腕を振るう場でもありました。その最高傑作は、ローマの「トレビの泉」です。ローマだけでなく、水風景は街の生命。アジアゴの街の中心の噴水は、森の神「ノロ鹿」の像を据えた勇ましいデザインです〔写真〕。

  第1次大戦で、隣国オーストリアとの戦場となったアジアゴ高原には、当時、兵士によって造られた何十`もの水道跡が多く見られます。今も水を湛えているもの、朽ちて瓦礫(がれき)となったもの…ここにも、もう一つの水の歴史があるのです。

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