2009年 10月 6日 (火)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉71 望月善次 夕空にぼんやりと

 夕空にぼんやりと浮く入道雲 まひる
  あるべきに入れおくれたり
 
  〔現代語訳〕夕空にぼんやりと浮いている入道雲よ。(あの入道雲は)本当は真昼にこそ在るのが相応しいものですのに仕舞い忘れたのです。

  〔評釈〕「山に向へば」十首の二首目〔『アザリア』第三輯(盛岡高農アザリア会、大正六年十月十七日)〕。結句の「入れおくれたり」は、このままの形では、「入れおくれた」主体は、抽出歌の具体的な表現の中には明示されていないことになる。そうした解釈を避けたい場合には、(『新校本宮澤賢治全集』が示しているように)「入れ」を自動詞「入り」の誤記だとする考えが成立しよう。評者としては、「入れ」で良いのではと思っている。ところで「入道雲」は、言うまでもなく「積乱雲」のこと。「垂直方向の発達が著しく、その頂は山や塔状に立ち上がる」〔『マイ・ペディア』〕ことからその形から「入道雲」の名称がある。また、「太郎雲」の呼称もあり、それぞれの地方で「板東太郎、丹羽太郎、阿波太郎、石見太郎」等の呼び名がある。一見して分かるように、内容は、軽いユーモア。こうしたユーモア性も嘉内の無視できない側面で、それは賢治にも影響を与えたのではないかとも考える。
  (盛岡大学学長)

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