2009年 10月 8日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉108 北島貞紀 ウッドストック1969(その2))

 ぼくが、映画「ウッドストック」を観たのは、1970年、高校3年生のときである。資料を見ると映画が公開されたのがコンサートの翌年、すなわち1970年であるから、世界中でいっせいに封切られたのだろう(あの、マーティン・スコセッシが編集に携わっていた)。

  では、映画「ウッドストック」は、ぼくに何をもたらしたのだろうか?

  そのころのぼくは、少しワルぶってはいたが、とてもノーマルな高校生であった。

  マージャンをしたり、喫茶店に入り浸ったりしつつも、受験勉強をしなければという意識だけは持っていた(あくまでも、意識だけだったが)。

  そして音楽はというと、グループサウンズの全盛期であった。洋楽は、行きつけの喫茶店のジュークボックスで聴いていた。ママス&パパス、ドアーズ、レッド・ツェプリン、もちろんビートルズとローリングストーンズ。

  でも、洋楽よりもグループサウンズにはまっていた。ザ・タイガースのファンで、映画を観にいったし、コンサートにも行った。

  そんなお気楽な田舎の高校生は「ウッドストック」を観て、文字通り「カルチャー・ショック」を味わったのだ。スライ&ザ・ファミリーストーン、ザ・フー、テンイャーズ・アフター、ジャニス・ジョップリン、サンタナ、ジョー・コッカーそしてジミー・ヘンドリックス。ジュークボックスから出てくる3分間の音楽ではなく、本当のロックミュージシャンのステージ。それがもたらすパワーと狂気。

  そして全体を貫いているのは、ラブ&ピース、サイケデリック、ドラッグ、ヒッピーイズム、そしてベトナム戦争といった1960年代終わりから70年代にかけての「時代そのもの」であった。
  (続く)

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