2009年 10月 18日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉15 丸山暁 輪廻転生エイリアンがやってきた

     
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  この間の台風でほとんど落ちてしまったクリを拾いに行くと、クリ林の第2薪(まき)小屋の梁(はり)の下にエイリアンがしがみついていた。台風に乗ってやってきたのか、風の又三郎が連れてきたのか。聡明な読者諸氏は、この物体がセミの抜け殻であることはすぐにおわかりだろう。

  セミの命ははかないもの、ほぼ1年間地中にもぐり、夏場に数日生きただけで、抜け殻を残しあの世に旅だっていく。セミの中には7年間に1度しか地上に出て成虫にならないものもある。

  セミとて、生きていればそれでいいというものでもないだろう。やはり、地上に出て羽をつけ、ジージー鳴いて、天高く舞い上がってこそセミの一生は成就されるもの。できるなら、もっと多くの時間を羽ばたいていたいだろうがそれがセミの宿命、地上界に未練が残ってもセミはそうやって命を繋いできた。一瞬の輝きのために長い暗黒世界を生きるセミの命は、魂が肉体を変えながら苦悩の現世を巡る仏教でいう輪廻(りんね)を思わせる。

  僕には、輪廻という概念は命の連鎖としてはうなずける。しかし世間には行ったこともない天国や地獄を語り、スピリチュアルなどといい、人生の苦悩、生まれ出た命のたった一つの保証、死に至る恐怖をもて遊び、商売にする族がある。

  なぜかTVや出版物で大人気の、タヌキが和服をまとったような江原何某という霊媒師もどきや金髪妖怪じじババーが、輪廻や前世をもてあそび、あの世から魂が降りてきたと人の心を食い物にしている。彼らの言う地獄に落ちろである。僕は地獄も天国も信じてはいないが、他者が信じることは妨げない。

  アフリカ大地溝帯のたった一人のイブ(人類の起源)から幾何級数的に増えてきた人間の前世を、人間だけでまかなえるはずはなく、前世にタヌキやキツネまで持ち出せば、それこそ、ねずみ算的に増殖するネズミの前世の生命体などあっという間に足りなくなる。彼らが言うように、命あるものすべて平等なら、犬畜生や虫けらの前世も保証してやるべきだろう。

  人間は、特に大人になれば、心のどこかで死を意識せずには生きられず、なんとかして死後の世界に思いを馳せるのは人情である。僕は、人間・生き物の個々の魂の輪廻転生は信じない。

  僕が考える死後の世界とは、肉体も心(心とは身体が生み出すもの)も、死により分解し分子となって、大地・宇宙に解き放たれる事である。そして、それら分子は、再び結合しあるものは水となり空気となり、火・草・生き物となり、あるものは再び人間に宿り新たな魂を生む。大気圏外に飛び出した分子はエイリアンの一部となるかもしれない。

  それが僕の考える輪廻転生である。前世の悪行も後世への因縁も、そんなものありはしない。神仏とて、人間に宿ったすべての分子の行き先を記録できるはずもない。人さまざまいろんな死生観はあろうが、この世の僕は僕だけである。悔いなきよう今を生きるだけである。

(丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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