2009年 10月 22日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉110 北島貞紀 ウッドストック1969(その4)

 ウッドストックの映画公開の翌年、すなわち1971年に、僕は大学に入った。消去法とはいえ英文科を選んだことは、ロックアーティストやヒッピーイズムに象徴されたアメリカ(ごく一面ではあるが)への憧憬と無縁ではなかった。

  ウッドストックが伝説たり得たのは、それが輝かしいロック・フェスの始まりだったからではなく、二度と再現できないアーティストと聴衆による一大ユートピアをつくったことにある。それが偶然と幻想の産物に過ぎないにしても。40万人を超す観客、30を越す時代を代表するアーティストの出演、そしてその規模にもかかわらず平和裏に終結できたことは事実なのだから。

  これから新しい時代が始まる…そんな予感で始まった70年代であったが、ドラッグに冒されたロッカーたちが次々に世を去る。70年、ジミー・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、71年にはドアーズのジム・モリソン。(くしくも3人とも27歳での逝去。ロックミュージシャンに28歳は来ないといわれた)

  そして、「ラブ&ピース」は、社会からの逃避の言い訳やファッションに成り果て、パープル・ヘイズ(紫のけむり)となって雲散霧消してしまった。

  ウッドストックと同年に公開されたニュー・シネマの傑作「イージーライダー」では、自由を求めてアメリカを旅するキャプテン(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)が旅先で射殺されるが、この時代の幻想の終えんを予感していたのかもしれない。

  10年以上前から、ウッドストックをエピソードにした物語を書きたいと思っていた。あの時、あの場所で誕生した子供は40歳になった。もうそれ以上の物語はかけない気がする。今年の8月15日、同地においてウッドストック40周年のコンサートが行われた。入場者数は1万5千人。とても明るくさわやかなコンサートだったと聞く。
(この項おわり)


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