2009年 10月 24日 (土)

       

■ 〈阿部陽子の里山スケッチ〉116 月山(がっさん、583メートル)

     
  photo  
     
  先日、私は山形県鶴岡に行き、黄金色に輝く庄内平野と出羽三山を眺めた。2446段で有名な羽黒山参道を登りきると、三山参りの風習を受け継いでいた岩手の羽山、月山、羽黒山のことが思いおこされた。

  北上市横川目には、湯殿山ならぬ「羽山」と、峰続きで「羽黒山」がある。和賀川を挟んだ北に「月山」は位置し、二山とは少し離れた川向こうの関係にある。

  和賀川の支流、吉ノ沢の懐深く身をひそめた月山を、これまで私は目にしたことも登ったこともなかった。月読命(つきよみのみこと)を祭神とする月山だけが、なぜ、川を渡らねばならなかったのかと、疑問だった。

  そもそも出羽三山は、1400年前の推古元年(593年)、第32代崇峻天皇の第一皇子である蜂子皇子が羽黒山を開かれたのが始まりである。羽黒山はこの世を現わす観音浄土。月山があの世を現わす阿弥陀浄土。湯殿山はこの世へよみがえる寂光浄土だという。この三つを回峰修験することで「この世を去り、あの世に行く、また、この世に生まれ変わる」と解釈し、蘇生の巡りを繰りかえす。

  月は、人の魂がすまう黄泉の国でもある。羽黒山と羽山の真北に冥府の霊界を配置した…と推理すれば、和賀川を三途の川に見立てられないこともない。中秋の名月にふさわしい月山を跋渉(ばっしょう)した。
 
  登山口へは国道107号の和賀橋手前を景勝園方面に右折し600b進む。「2001月山登山口」と大書した丸太の標柱と駐車スペースがある。生い茂った草で入り口付近がややこしい。念のため赤布を携えた。

  綱取鉱山の精錬所跡より消えかけた道を15分進み、石伝いに吉ノ沢を渡る。(第一徒渉点)。倒木をまたぎ、ときには樹のトンネルをかき分け、標高を270bまで上げる。すると南方に羽山がぽっかり姿を現す。

  これより山襞を縫う路(みち)は、ところどころ崩れているので注意深く進む。沢を見下ろす大きな崖崩れへ来たら、ゆるい斜面を選び下降(第二徒渉点)。これからは赤布が必要だ。左岸を20b遡(そ)行し、右の急斜面をよじ登る。スギ造林地の尾根を外さないよう上部へたどり、左のピークを巻きながら月山との鞍部を目指す。かすかな踏み跡をたよりに急登をしのぐと、小さな祠(ほこら)のある頂上に到達する。往路3時間復路2時間、ストックと赤布は思いのほか役立った。

  整備からかれこれ10年、川を渡った浄土の月は天に還ろうとしている。紅葉から晩秋にかけ、阿弥陀浄土の路をたぐり寄せてはいかがだろう。

(版画家、盛岡市在住)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします