2009年 10月 24日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉131 岡澤敏男 神聖なる場所

 

■神聖なる場所

  パート九のなかほどに、ドイツ語で書かれた詩章を挟んで不思議な空間の所在について物語っています。
 
  さうです 農場のこのへんは
  まつたく不思議におもはれます
  どうしてかわたくしはここらを
  der heilige Punktと
  呼びたいやうな気がします
 
  このドイツ語は「神聖なる場所」という意味です。では「農場のこのへん」とはどのあたりを指すのか。

  この歩行詩は道程に沿って心象スケッチされていることから推測され得ると思われる。パート九は耕耘部の構内から外に出た地点から始まった歩行が、本部に向かう道程のなかでちょうど四つ森の坂道を下ったあたりが〈このへん〉という地点とみうけられます。

  また「この冬だつて耕耘部まで用事で来て」地吹雪に包まれた地点が〈このへん〉だとも述べていることを注意したい。それはパート四で「あのときはきらきらする雪の移動のなかを/ひとはあぶなつかしいセレナーデを口笛に吹き/往つたりきたりなんべんもしたかわからない」と回想する地点とも一致する地点なのです。

  これら往還で逢い重なる空間とは、東には相の沢第U林班区の小林地が帯状に巡り、北には岩手山を背景にいただく四つ森との間にぽかっと拓かれた下丸谷地7号畑を包括する空間を指すと推定されます。

  賢治は小岩井農場を訪れるたびに、どういうわけかこの地点にさしかかると「神聖なる場所」という霊感にうたれると告白しているのです。

  賢治がドイツ語で「heilige」(神聖な)と表記したのは心酔するベートーベンの逸話にちなむと思われる。ベートーベンはウィーン郊外の牧場と果樹園に囲まれた静かな村ハイリゲンシュタットに仮住したとき、新鮮な空気と日光、緑の野原を歩き回って楽想が起こると手帳にすばやく書き込んだという。

  その中に田園交響楽(第六)の音符もあったのです。ベートーベンが1815年の手記に「田園にいれば私の不幸な聴覚も私をいじめない。そこでは一つ一つの樹木が私に向って〈ハイリッヒ(heilige)ハイリッヒ(heilige)〉と語りかけるようではないか?」と述懐している。

  賢治はハイリゲンシュタット村に小岩井農場を重ね、ベートーベンが好んで歩いた小道を重ねて「神聖な場所」を霊感したものとみられる。

  第六綴の次の一節もこれと脈絡するのでしょう。「こんな野原の陰惨な霧の中を/ガッシリした黒い眉をしたベートーフェンが/深く深くうなだれ又ときどきひとり吼えながら/どこまでもいつまでも歩いている」とベートーベンに賢治自身を重ねて連想しているのです。

  すなわちこの空間が賢治にむかってハイリッヒ(神聖)ハイリッヒ(神聖)と語りかけ、ベートーベンに田園交響楽の曲想をもたらしたように賢治に長篇「小岩井農場」の詩想の風を吹き入れたのでしょうから、「小岩井農場」に田園交響楽の曲想を連想しても決して無理からぬことなのです。

  しかし賢治が「神聖な場所」と霊感したのは、この空間を単に情緒的な秩序として受容したのではなく、賢治の心に深く刷り込まれた「アザリア会」の4人の仲間を幻想する「神聖な場所」でもあったからなのです。


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