2009年 10月 27日 (火)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉78 望月善次 鹿鳴のこはよろこびの

 鹿鳴のこはよろこびのうたなれど 
  片岩たちは 沈み黙れり
 
  〔現代語訳〕(聞こえて来る)鹿の鳴き声は、これは、喜びの声のように聞こえますが、それにもかかわらず、(周りを取り囲んでいる)片岩たちは、みな沈黙しているのです。

  〔評釈〕「山に向へば」十首の九首目。秩父地方を代表する岩石の一つでもある「片岩(結晶片岩)」を鹿の鳴き声と対比させたもの。「鹿の鳴き声」は、「鹿鳴館」の由来ともなった「鹿鳴之什 小雅」〔『詩経』〕や「夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜(こよひ)は鳴かず寐ねにけらしも」(万葉集、巻八・1151)や「奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋は悲しき〔猿丸太夫『古今集』秋上・215〕等で良く知られるが、これを「よろこびのうた」とし、それに対して「片岩」を「沈み黙れり」と対照的に配置させたのが一首の手間。「鹿の鳴き声」、「片岩」という自然現象を擬人的に扱ってみせたのである。なお、結句を「沈黙す」ではなく「沈み黙れり」としたのは五七五七七の短歌定型が要請したものであるが、第二句から第三句にかけての「こはよろこびの〜なれど」の手馴れ加減と共に、短歌定型を使いこなす嘉内という点からの考察も可能となることにも触れておこう。
(盛岡大学学長)

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