2009年 12月 10日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉117 松本清張「砂の器」に異論

 今年は、松本清張氏、生誕100周年である。清張氏の代表作のひとつに「砂の器」がある。もっとも、原作よりも映画の方が有名かもしれない。橋本忍脚本、野村芳太郎監督、加藤剛主演のこの映画、1974年公開である。そのころ、僕は大阪にいて、アパートの近くにあった3番館で、邦画2本立てで見た。

  学生兼バンドマンの生活がすっかり定着したころだった。そして衝動的にピアノを買って、アパートの一室で練習を開始したころでもあった。(当時で50万円、2年月賦で払った。)

  これは素晴らしい映画だった。脚本、映像、主演の加藤剛もいいが、ハンセン氏病の父親を演じた加藤嘉が実にいい。そしてこの映画でとても重要な役割を担ったのが音楽。なにせ加藤剛ふんする和賀英良は、天才ピアニストで将来を嘱望される作曲家である。

  映画のクライマックスは、彼が作曲したピアノ協奏曲「宿命」の初演ステージ。満員の会場、万感の思いをこめて弾くピアノ協奏曲にのせて、哀しい父子旅の回想シーンが映しだされる。会場に刑事が迫る。

  (この音楽がなければ映画が成立しない。音楽監督は芥川也寸志であるが、このピアノ協奏曲の作曲は、ジャズピアニストで作曲家の菅野光亮である。)

  ここまで絶賛しておいてなんですが、どうしても納得がいかないことがあるんです。

  「いつ、どこで和賀英領は、ピアノを習ったんじゃ」(急に関西弁になる。)

  「小学校もよう行かん、どこぞに奉公しとったもんが何でクラッシックや」

  和賀英領が、バンドマンになって、月賦でピアノを買ってアパートで練習していた痕跡は見つからないのである。(原作では、前衛作曲家という設定。)
 

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