2009年 12月 10日 (木)

       

■ 〈お父さん絵本です〉287 岩橋淳「エリカ 奇跡のいのち」

     
   
     
     セピア調の画面。寒々とした曇天の下、貨車に乗せられてゆく人々。

  ホロコースト。第2次世界大戦をピークに行われたユダヤ人への迫害は、死者の数だけで1千万人を超えているとされています(諸説あり、本作中では600万人)。

  本作のタイトル「エリカ」は、戦争末期、ユダヤの血を引いて生まれた女性の名前です。生みの親がつけてくれたものでは、ありません。いや、誕生日や、生まれた土地も、両親の名前すら、彼女は知るすべもないのです。

  人間であることを否定され、「処分」されるために詰め込まれ、「死」に向かって走る貨車。その扉のすきまから、彼女の親は、生後間もない彼女を、ほうり出しました。それは、なんとかして生きてほしいと願った肉親(母か父かすら分からない)の、極限での機転のなせる技だったのです。…幸運にも彼女は救われ、愛され、成長します。

  写実的な画は、冷静に、残酷な歴史の記憶をフラッシュバックさせます。そして今や老境にさしかかった彼女エリカは、ひたすら想像するしかない両親の思いをたどり、命をつないで今日を生きています。

  エリカ。それは、忌まわしい戦争によって翻弄され、引き裂かれた幾多の人々、ひとりひとりの名前でもあるのです。

  【今週の絵本】『エリカ 奇跡のいのち』、R・V・ジー/文、R・インノチェンティ/絵、柳田邦夫/訳、講談社/刊、1575円(2003年)。

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