2009年 12月 23日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉156 伊藤幸子 「イブの予定」

 歩行者天国に大きツリ ーの灯る見ゆ今年もイブ の予定白紙なり
                                    京 表楷
 
  「歩行者天国」は「ホコテン」とルビがある。昭和35年生まれの茨城の整形外科医、未婚のころの歌である。平成18年刊行の第一歌集「ドクターズ・ハイ」より。作品は3部に分かれ、若さはちきれんばかりのころにはこんな楽しい歌が並び、作者のブログを見る思い。

  「緊急のオペ孤独なり『やるじゃん!』と自分で自分を褒むるを許せ」「明日もオペその次もオペ果てしなく切りまくる日々 汝は誰ぞ」「青光る白衣はわれの戦闘服来なさいどんな怪我人なりと」なんと頼もしいお医者さん。

  「歌集名『ドクターズ・ハイ』は造話で、〈医者として夢中で働いていると、時として感じる快感〉のような意味である」と自解がつく。作品は「アドレナリン、エンドルフィンさえ出まくって救急処置中ドクターズ・ハイ」で、「脳興奮物質」、エンドルフィンは「脳快楽物質」と解説。「快感」の意味が心に届く。

  日々人の命を見つめる仕事。「治るかと問われて治ると答えたり治るかどうか知らずと言えず」そして「不謹慎と言われてもいい飲みにゆこう力尽くした患者の逝きし夜」この気持ちよくわかる。心からなる医師の通夜酒。朝になれば、もう新しい患者がやってくる。

  「時として折れそうになる医師として帆柱のようにあるこの矜持」山崎豊子の「沈まぬ太陽」で航空会社の社員恩地元が、カラチ、テヘラン、ナイロビと10年余もたらい回しにされた時、「このままでは俺の矜持が許さない」と叫ぶ場面がある。帆柱のような男の矜持だ。「癌告知するしかないか迷うときライフワークをさりげなく訊く」ああ私も、もしこんな局面に立つことになったら、尽きかけている命のシミュレーションかと心得よう。

  「服をほめ、さり気なくすぐ君をほめ、今日のデートは円満なりき」若く多感ですごうでの先生はクリスマスイブの予定は、もう白紙ではない。周りが放っておかないだろう。

  「基本には忠実ながら流麗な父の行書を茶会で掛ける」との作者の環境、たたずまいの伺われる歌。「台湾も満月なりや日の本に生まれしわが子美月と名付く」一集の白眉。どの頁も医、食、美、識、実に豊潤な香に満ちている。

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