2009年 12月 24日 (木)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉100 望月善次 美丈夫の治郎左衛門と

 美丈夫の治郎左衛門と栄之亟。切り結
  びたる優男かな
 
  〔現代語訳〕ああ、いずれも美貌の若者たる治郎左衛門と栄之丞よ。(二人が闘う様子)は切り結んだ優美な男たちで、惚(ほ)れ惚れとしますねぇ。

  〔評釈〕「紅隈の大荒事、」五首〔『アザリア』四号(大正六年十二月十六日)〕の二首目。「亟(キョク)」は、「人+口+又(手)+二(天地)」から成り「人が天地の間で素早く口と手を動かす」が原義。「しばしば」の意味もある文字だが〔『角川漢和中辞典』〕、時に「丞」と間違えられる。ここではその場合、治郎左衛門と栄之丞とは、いずれも歌舞伎における登場人物名。身請けされる遊女「八橋」をめぐって、栄之丞に縁切りを迫られたために多くの人の前で辱められた治郎左衛門とによる両者の立ちまわり。(「籠釣瓶花街酔醒」)それにしても、「美丈夫の治郎左衛門と栄之亟。」と始め、これを受けるにも「切り結びたる優男かな」と投げ出しているところは、通常の短歌作品としては無茶苦茶とも言えるほどの強引さだと言えるだろう。しかし、もう一方からすると、この話者が何を見ていたかは明瞭である。芝居の内容より役者なのである。そして、そうした態度は悪いばかりではない。
    (盛岡大学学長)

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