2009年 12月 26日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉101 望月善次 宗十郎、打つ太鼓の音

 宗十郎、打つ太鼓の音轟きて鳥居は共
  に会心のえみ、
 
  〔現代語訳〕(澤村)宗十郎が打つ太鼓の音は轟いて、(相手役の)鳥居も共に会心の笑みを浮かべたのです。

  〔評釈〕「紅隈の大荒事、」五首〔『アザリア』四号(大正六年十二月十六日)〕の三首目。評者が歌舞伎の知識のないことを棚に上げて言えば、一連五首の他の作品と同じように強引さが目立つ。宗十郎は、澤村宗十郎(七代)のことか。七代目なら、インターネットの知識によれば、「1875(明治8)〜1949・3・2(昭和24)で東京の出身。屋号は紀伊国屋。本名沢村福蔵。俳名は高賀。四代目助高屋高助(同墓)の養子。1881(明治14)4代目沢村源平として初舞台、1892(明治25)3代目沢村訥升、1908(明治41)7代目沢村宗十郎を襲名。1911以降は帝国劇場の専属となり、江戸和事を長じ、女形・舞踊劇をもよくした」となる。「鳥居」は、宗十郎が演じた相手役の舞台名だろうが、特定できないところが素人の悲しさ。「黒手組曲輪達引」の鳥居新左衛門、「加賀見山再岩藤」で切腹する鳥居又助、家康の忠臣鳥居彦右衛門などが浮かんだりするが、これ以上の深入りは「生兵法は大けがのもと」。
  (盛岡大学学長)

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