2009年 12月 27日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉25 丸山暁 覆い尽くす雪

     
   
     
  ついこの間まで、薄っすら緑に覆われていた草原も、耕やされた土色の畑も、小雪の中でも凛(りん)として咲いていた花たちも、一夜にして雪に覆われてしまった。この雪が根雪にはならないだろうが、もうすぐわが大地は春まで雪の世界となるだろう。

  日本の風景の美しさは四季にあると言い切ってもいいだろう。春夏秋冬、それぞれの季節も魅力的だが、中でも、日本の風土が雪にすっぽり覆われた世界、これは別格である。

  それはそれとして、僕の暮らす谷間は、予想していたより随分雪が少ない北国だった。もともとここに来るまで関東以西で暮らした僕にとっては、東北、特に岩手などはどこでも冬は雪に覆われ、身の丈、少なくても腰のあたりまでは積もるのだろうと思っていた。

  それが来てみると、積もってもせいぜい3、40a、寒さとて、お日様が出て風がなければ雪に埋もれても、けっこう温かく感じるものである。ここに来た当初、「雪が多くて大変だろう」と聞いてくる地元の方々が多かったが、「予想以上に少ないので驚いている」というのが偽りない思いだった。

  東京でも僕が暮らしていた八王子の高尾(東京の名山?ミシュランガイドにも載った山)では2、30a雪が降ることもあった。

  僕は東京から大迫に越してきたが、幼少期は日本最古の帝釈原人がいたという中国山脈ど真ん中の山猿だった。そのあたりは基本的には瀬戸内海の温暖な気候だったが、冬は、僕が暮らした庄原市の七塚が原は、今暮らす岩手の地よりも雪深かった。ということで、僕の原体験には雪国の暮らしがある。

  外に出した洗濯物が、服の形そのままにガチガチに凍り、面白いから触っていると「折れるからやめろ」と怒られた。飯盒(はんごう)に塩をまぶした雪を入れ、その中に砂糖入りの牛乳をカップに入れ、軒下につるし一晩置いて、明くる朝カップをかき回して、炬燵(こたつ)でお手製のアイスクリームを分け合った。それはシャリシャリして今でいう混ざりっけなしのおいしいシャーベットであった。

  そんな雪国の暮らしだが、やっぱり早池峰山の麓(ふもと)の小さな谷間の冬は身に凍みる。吹雪けば、南国でなく、なんでこんなところに来たかと思うこともある。それでも、朝日に輝く大雪原を見れば、しばし見とれてしまう。厳しさの中にこそ輝きは潜んでいる。苦しみの先にしか豊かな実りは待ってはいないと、やせがまんしてでも生き抜こう。
  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします