2010年 1月 7日 (木)

       

■ 〈古都の鐘〉38 チャベック・鈴木理恵 初めてのモミの木

     
  友人のエリザベートさん宅のクリスマス・ツリー  
 
友人のエリザベートさん宅のクリスマス・ツリー
 
  今年は生まれて初めて、自分のクリスマス・ツリーというものを持った。この年になって初めてというのもこそばゆいが、いくつになっても心が浮き立つような感覚は楽しい。ツリーを飾ろうという気持ちになったのも、所帯を持ったからと思うが、一人から二人になって、やはり生活や心境がいろいろ変わった。

  アドヴェントの4週間も半ばを過ぎ、クリスマス・イブが近くなって来ると、教会の広場前や市場の片隅など、街のあちこちにモミの木売りが出現する。

  うちの近くの商店街の一角にも、ウィーンから車で2時間くらい、ニーダーエスタライヒ州からある親子が来てしばらく店を開いていた。山岳帽をかぶり、言葉になまりがある。寒いのでプンシュというスパイスと強いアルコールの入ったフルーツティーを飲みながらの営業である。わたしたちもモミの木を買い求めたら、一杯いかがかとすすめられた。

  小さいのから大きいのまで、モミの木もサイズはさまざまで、各自の好みや用途によって選ぶ。値段は木の高さで決まる。わたしたちは150aくらいの、中くらいのものを求め、25ユーロだった。日本円にすると3000円ちょっとだろうか。

  家に持ち帰り飾り付けをする。色とりどりの球状のお飾り、かわいらしい絵のついたのはクリスマス・マーケットで求めたもの。近所の小間物屋で見つけたザクロをかたどったもの、義母からもらったろうで出来た天使のお飾り、のみの市で見つけた、ガラスの小さなクリッペのお飾り、それにろうそくとリボン、てっぺんにつけるお星さまは、工作の得意な夫が金色の紙で手作りした。

  12月25日のイエス様がお生まれになった降誕祭から、1月6日の東方の三博士の訪問の公現祭までの12日間が、本当のところクリスマスであるから、ツリーはこの間ずっと飾っておく。

  この期間は親せき、友人など呼んだり呼ばれたりが多いから、皆のツリーを見るのも本当に楽しい。それぞれの家にそれぞれの個性や歴史を持ったクリスマス・ツリーがある。

  「もみの木、もみの木、いつも変わらず緑のもみの木、輝く夏の日も、雪降る冬の日も、いつも変わらず緑のもみの木…」

  実のところこの歌は、クリスマスというより、心変わりした乙女を嘆く恋の歌であったという。乙女に限らず誰にとっても、いつも変わらず、というのは難しい。だからこそ、永遠を象徴するモミの木に託す思いというのがあるのかもしれない。

  うちの義両親は足が悪くて、もうあまり外に出ることもなくなった。息子であるわたしの夫がモミの木を持って行くと、待ちかねていたようにはりきってクリスマスの飾りを準備する。いくつかモミの小枝も持って来させて、それはクリッペという降誕の情景の飾りに使う。義父は足だけでなく腰も悪いのに、のこぎりを手に、それをちょうど良い大きさに自ら切ってゆく。これだけは決して他の人に手伝わせない。

  年を取ってますます信心深くなった彼にとって、それは祈りを捧げるようなことなのだと思う。

  数日後訪れると、美しく飾られたツリーとクリッペ、そして満足そうにそれを眺める穏やかな義父の顔があった。
  (ピアニスト)


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