2010年 1月 9日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉106 望月善次 打ち見れば

 打ち見ればお染はしばし泣き居たり、
  お染な泣きそ、あやの衣して
 
  〔現代語訳〕見るとお染は、暫くの間泣いております。お染よ、泣かないでください。立派な着物を着て。

  〔評釈〕「明烏春泡雪」十三首〔『アザリア』四号(大正六年十二月十六日)〕の三首目。「お染」と来るとどうしても、「明烏春泡雪」という文脈を越えて、いわゆる油屋太郎兵衛の娘お染と丁稚久松との情死事件(その実際は、情死ではなかったそうではあるが)ばかりを思い浮かべてしまうのが素人の悲しいところか。短歌的に言えば、何と言っても注目は、「お染な泣きそ」の「な泣きそ」であろう。「な〜そ」と来れば、もう北原白秋の「春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外の面の草に日の入る夕べ」を挙げざるを得まい。白秋の『桐の花』の冒頭を飾ったこの一首は、明治四十一年の作。森鴎外の観潮楼歌会において、「戸」の題によって詠まれた作品。同じ席には、伊藤左千夫、石川啄木、齋藤茂吉もいたのである。嘉内のひいきは啄木、哀果、牧水であったが、白秋にも親しんでいた。例えば、大正五年歌日記(東雲堂)の著名歌人作品欄に白秋作品は毎月のように掲載されてもいたのである。
     (盛岡大学学長)

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