2010年 1月 12日 (火)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉107 望月善次 塀越えて松の幹より

 塀越えて松の幹よりくだり来し時次郎
  かも、春の粉雪に、
 
  〔現代語訳〕塀を乗り越えて、松の幹から下りて(浦里を助けに)来たのは、ああ時次郎なのです。春の粉雪の中に。

  〔評釈〕「明烏春泡雪」十三首〔『アザリア』四号(大正六年十二月十六日)〕の四首目。既に述べたように、「明烏春泡雪」における女主人公と主人公とは、吉原の遊女浦里と時次郎なのであった。舞台は、主人公が折檻(せっかん)を受けている浦里を救おうと颯爽(さっそう)と登場する場面である。それにしても、「塀越えて松の幹よりくだり来し」というのは、いかにも歌舞伎における主人公の登場にふさわしい舞台設定である。有名な場面とはいえ、芝居好きな嘉内が見逃すはずはない場面。しかも、背景には春の粉雪が舞っているのである。(北国に住む評者たちは、雪がロマンのみをもたらすものではないことを多少は知っているが、雪国ではない人々にとっては、雪はいつもロマンの形である)歌舞伎好きにはタマラナイところであろう。一首は「〜かも、……に」の形を採っている作品で、「〜」のところに「時次郎」が、「……」のところに「春の粉雪」が入っているという単純と言えば単純な一首でもある。
(盛岡大学学長)


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