2010年 1月 14日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉北島貞紀 ご学友(中)

 大学に復学した僕は、新入生と同じ授業を受けることになったが、そこで同じにおいのする学生と知り合った。井出君も訳あり留年組で、ただし学年としては彼のほうが1年上であった。一緒に受ける授業はほんのわずか。それもお互いにさぼりがちで、その年の後半にはほとんど顔を合わせなくなった。そのかわり、僕のアパートに顔を出すようになった。

  僕たちは、とりわけ親密だったわけではない。僕のアパートにはいろんな人間が出入りしていた。漫画同好会、マージャン仲間、バンド関係という雑多な人間が集まっていたが彼もその中の一人にすぎなかった。

  ある年の夏休みにはがきをもらった。とてもかわいがられた祖父の死を悼む内容だったが、心にしみる文章だった。彼の田舎は、小諸の近くなのだが、藤村を連想させられた。

  大学の卒業は、彼が1年早かった。

  「入社試験でさぁ、社長の名前をたずねられて往生したよ」

  「それでどうしたの?」

  「遺憾ながら、失念しましたと言った」

  僕は、うなってしまった。「失念」などという高貴な言葉は僕のボキャブラリーにはない。

  この回答が功を奏したのか、彼は長野にあるタイプライターの会社に入った。その年の夏僕は、彼の家に遊びに行った。

  翌年、彼はアメリカへの出張を命じられ、そのまま3年間現地にとどまった。その後はドイツへの転勤を命じられて赴任した。現地に日本人は彼一人だけだったようだが、淡々と近況を伝える絵はがきがときおり届いた。

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